クラウド・コンピューティングは,様々なメリットがあるにもかかわらず,現時点では企業ユーザーに浸透しているとは言い難い。日経コミュニケーションと総務省が2009年夏に実施した企業ネットワーク実態調査では,クラウド・コンピューティング・サービスを「既に使っている」というユーザーはわずか6%にとどまった。逆に「使いたいとは思わない」というユーザーが60%と過半数を占めた。

 同調査でクラウド導入の際に重視する項目を尋ねたところ,コスト・パフォーマンスのほか,セキュリティや信頼性,安定性を重視する傾向が見られた。まさにこれらの項目に,企業ユーザーへのクラウド普及を阻む要因がある。

 調査の自由記入欄では,企業ユーザーのクラウドに対する不安の声が目立った。「既存のシステムと簡単に融合させられない」,「見えないところで管理されていると思うと不安がある」,「便利そうだが信頼性が心配」,「事業者を変更した時に,利用していたデータを再利用できるかどうかが分からない」といった具合だ。

 実際,パブリック・クラウド・サービスでは,このような企業ユーザーの不安を払拭するような情報は明らかにされていない。例えばデータ・センター内の運用状況が細かく公開されていないなどだ。文字通り“雲の中”の設備としてブラックボックス化されている。これでは企業ユーザーが重要なデータをクラウドへ預けることは難しい。

 また現状のクラウド・サービスは,サービスごとに実行環境が異なるため,アプリケーションやデータのポータビリティは高くない。ベンダーやサービス事業者のクラウド・サービスに,企業システムが“ロックイン”されてしまう恐れがある。これでは将来,利用中のクラウド・サービスが何らかの理由で継続されなくなったときや,ほかに便利なサービスが出てきた場合に,大きな問題になりかねない。すぐに問題が起こるわけではないが,システム運用や業務の継続性を考えると,重要な課題である。

 こうしたことから,現状の企業のクラウドの利用は,基幹システムではなく,新規で必要になった一部のシステムや,高い信頼性を求めない開発環境などの用途にとどまっている。

不安解消に向けた動きが始まる

 だが2010年に入ったころから,このような課題の解決に向けた動きが少しずつ見えてきた(図1)。

図1●企業ユーザーのクラウドへの不安を解消する動き<br>既存システムとの融合,データ管理の不透明性,信頼性の低さ,データの移行についての不安といった課題に対し,解決に向けた動きが見えてきている。企業ユーザーはこれらの動向を注視して,自社へのクラウド導入を検討すべきである。
図1●企業ユーザーのクラウドへの不安を解消する動き
既存システムとの融合,データ管理の不透明性,信頼性の低さ,データの移行についての不安といった課題に対し,解決に向けた動きが見えてきている。企業ユーザーはこれらの動向を注視して,自社へのクラウド導入を検討すべきである。
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 具体的には,(1)企業システムとクラウドを連携させる「ハイブリッド化に向けた技術」,(2)多様なクラウドを選びやすくする「SLAの共通指標」の策定の動き,(3)クラウド間の連携や相互接続を円滑に実現できるようにする「クラウドの標準化」,(4)安心してクラウドを利用できる「制度面の環境整備」という4点である。

 中には,まだ議論が始まったばかりという項目があるが,それでも企業がクラウドの導入を検討する際に,こうした動きの有無や今後の方向性,スケジュールは重要な要素となる。今のうちから動向を注視しておく方がよい。