T-モバイルUSAが固定向けのVoIP(voice over IP)サービスの新規受け付けを中止する。FMC(fixed mobile convergence,固定と携帯の融合),FMS(fixed mobile substitution,携帯による固定の代替)として扱われるこのサービスの中止は,音声通話市場の現状を反映した象徴的な動きと言える。

(日経コミュニケーション編集部)


岸田 重行/情報通信総合研究所 主任研究員

 米国第4位の大手携帯電話事業者であるT-モバイルUSAは2010年1月,固定電話機向けのVoIPサービス「T-モバイル@ホーム」の新規申し込みを中止する考えを明らかにした。

 このサービスは,T-モバイルUSAが携帯電話加入者にオプションとして提供しているもの。携帯電話料金プランに加えて月額10ドルを支払うことで,固定電話機を使って家庭内から発信する米国内向け通話が使い放題になる。ボイスメール,コール・ウェイティング,発信者番号通知,通話転送など,一般の固定電話並みのネットワーク・サービスも利用可能である。

 機器については,固定電話機の接続コネクタをT-モバイル@ホーム用のルーター「ハイポート・ワイヤレス・ルーター」(HiPort Wireless Router)に搭載された固定電話機用の差し込み口へ挿入し,そのルーター経由で固定ブロードバンド回線につなげる形となる。

 同サービスの2年間継続利用契約を結んだユーザーであれば,ハイポート・ワイヤレス・ルーターを50ドルで入手できる。電話番号は,既存の固定電話番号の継続利用が可能。固定電話機は市販のものをそのまま利用できるが,T-モバイルUSAはこのサービス向けにコードレス電話機も提供している。

 このサービスに契約するには,固定通信事業者やCATV会社などが提供するブロードバンド・サービスに加入していることと,T-モバイルUSAの加入者で月額39.99ドル以上の個人向け料金プラン,または月額49.99ドル以上の家族向け料金プランを利用していることが条件となっている。

固定と抱き合わせで携帯加入増狙う

 T-モバイルUSAは,このサービスを2008年2月からシアトルとダラスで試験提供していた。携帯電話専業のT-モバイルUSAにとっては,固定電話市場への参入という側面を持ちながら,さらに固定VoIP通話をトリガーとして携帯電話加入者を獲得することが狙いであったと考えられる。実際,シアトルとダラスでの試験サービスでは,利用者のうちの45%がほかの携帯電話事業者からT-モバイルUSAへの乗り換えであると明らかにしていた。

 なお,同社による家庭内通話向けサービスとしては,ほかに無線LAN対応携帯電話機を使ったワンフォン型サービス「ホットスポット@ホーム」がある。これは,T-モバイル@ホームの試験サービスを始める前から提供されているもので,やはり追加で月額10ドルを支払うことで,無線LANエリアから発信する米国内向け通話が使い放題となる。同社は,このホットスポット@ホームに関しては従来通りサービスを続けるとしている。

提供後1年半で「固定電話から撤退」

 T-モバイル@ホームの新規申し込み中止は,2010年1月に発表されたものだ。しかし,T-モバイルUSAが同サービスで利益を得られていないという話とともに,サービスを中止するのではないかという噂は既に昨年の12月時点で流れていた。同サービスの本格展開後,わずか1年半で見切りをつけたことになる。

 同社では,「当社の顧客ニーズは常に変化しており,こうした変化を予見し,それに適応していかなければならない」との見解を明らかにしている。T-モバイルUSAを扱うブログでは,新COO(最高執行責任者)であるジム・アリング氏が同サービスを好んでいないといった書き込みも見られる。