実際にIFRS(国際会計基準)に対応した企業は、どのような手順でプロジェクトを進め、どんな点に苦労したのか---。これからIFRS対応を進める日本企業にとってヒントになるのが、先行してIFRSを適用した欧州をはじめとする企業の経験だ。

 2005年度からIFRSを適用している富士通の英国子会社の富士通サービスや、IFRSの適用に向けて準備を進めている韓国の経験から、IFRS対応の勘所を探る。

英国:現場の隅々まで理解を促す

 「IFRSはこれまでの会計基準と考え方が異なる点が多い。現場の隅々までIFRSに対して関心を持ってもらい、理解を促すといった準備が不可欠だった」。システム構築を手がける英国の富士通サービスでIFRS対応プロジェクトに参加したサイモン・サンダース氏は、プロジェクトを通じて最も大変だった点をこう振り返る。

 欧州では2005年度からIFRSの強制適用(アダプション)が始まった。3月期決算の富士通サービスは、2006年3月期がIFRS対応初年度だった。サンダース氏はコントローラー(経理部門の担当者)として、IFRS対応プロジェクトに参加した。

 富士通サービスがIFRS対応プロジェクトを始めたのは2003年である。経理部門の数人が集まり、「とにかくIFRSとは何かを学ぶことから始めた」(サンダース氏)。「IFRSを解釈したうえで、当社としてどのように会計処理を定義するのが正しいのか、プロジェクトの進め方はどうすべきかを議論した」とサンダース氏は話す。

 経理部門内での勉強が完了した時点で、富士通サービスはプロジェクトチームを拡大した。メンバーは情報システム部門、税金や債権といった財務担当者、事業部門や海外子会社の会計担当者で構成した。

適用後2年間は社内管理に国内基準を利用

 富士通サービスが特に力を入れたのは教育である。営業やサービス担当者に対して「IFRSに対応するために仕事のやり方を変えてほしい」と言っても「全く仕事の進め方が変わっていないことがあった」とサンダース氏は振り返る。「IFRSの会計処理を理解してもらったうえで、現場に要請しないと実務は定着しない」と悟った。

 では、どのようにして現場にIFRSを理解してもらうか。富士通サービスが採った手段は「キーユーザー」の育成である。本社および各国にある富士通サービスの子会社の現場で核となるユーザー、すなわちキーユーザーにIFRSの内容を教育し、キーユーザーから現場に広げていった。並行して、核となるプロジェクトメンバーと監査人との間でワークショップを開催し、実務上の問題点と解決策を協議した。

 こうした策を実施しても、そう簡単に実務担当者すべてがIFRSを理解できるわけではない。2006年3月期の決算で、富士通サービスはIFRSに基づいて財務諸表を作成していた。その一方で、「06年3月期、07年3月期の2年間、社内のマネジメントはこれまでと同じ英国の会計基準に基づいた数値で管理していた」とサンダース氏は明かす。

 対外的にはIFRSに基づいた財務諸表の数値を公開する一方で、経営管理に英国会計基準の数値を利用していた理由は、現場の混乱を抑えるためだ。IFRSを適用すると売上高や利益の考え方が変わってしまう。システム構築を手がける富士通サービスにとって、IFRSに変更する際に最も影響が大きかったのは工事進行基準の採用だった。

 それまで採用していた工事完成基準では、検収が終了してから売り上げを計上する。これに対し工事進行基準では、プロジェクトの進捗に合わせて売り上げを計上するため、社内管理の目標とする売上高の数値などが大きく変わってしまう。

 キーユーザーの育成など教育を重視したにもかかわらず、2年間は社内管理に国内基準を利用していたというエピソードは、IFRSの導入が一筋縄ではいかないことを示している。

ITはキャパシティが問題に

 情報システムに関してはどうだったか。IFRS対応プロジェクトを進めるうえで「システムの大きな変更はなかった」とサンダース氏は説明する。ただし、「プロジェクトチームに最初からITの担当者に入ってもらうことが成功のカギ」と強調する。システムに修整が必要な場合は「経理部門から情報システム部門に働きかけて、システムを変更してもらう」(同)ようにした。

 サンダース氏によれば、システムに関して最も問題となったのはアプリケーションの変更ではなく、「経営管理システムの処理能力やデータ容量」だった。

 富士通サービスは英国の会計基準で収集したデータをIFRS向けに修整して、IFRSに基づく財務諸表の数値を計算している。英国会計基準に基づいた修整前の数値とIFRS向け修整した数値それぞれを蓄積する必要があり、決算の過程では帳票も両者に基づいたものを作成しなければならない。これまでの経営管理システムでこうした処理を実行するには、キャパシティが不足していたのだ。

 富士通サービスがIFRSを適用してから約4年経つ。IFRS適用後は富士通サービス内に、IFRSに基づく会計処理を考える専門チームを作り、「ナレッジを蓄積するなど、対応の効率化を進めている」(サンダース氏)。IFRSは現在も大きく変わりつつあるが「IFRSを一度しっかりと理解しておけば、大きな混乱は起きない」とサンダース氏はみる。