システムインテグレーション(SI)ビジネスも他業種同様、経済危機という大きな波を受けている。しかしそれを上回るのが「クラウドコンピューティング」という津波だ。クラウドに飲み込まれるのか、ビッグウェーブとして波に乗って飛躍を遂げられるのか。クラウド時代のサービス開発を、識者が解き明かす。

佐藤 一郎
国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 教授
1991年3月、慶應義塾大学理工学部電気工学科卒業。1996年3月、同大学理工学研究科計算機科学専攻後期博士課程修了、博士(工学)。Rank Xerox Grenoble研究所客員研究員、科学技術振興事業団さきがけ研究21(「情報と知」領域)研究員などを経て、2006年より現職。総合研究大学院大学複合科学研究科情報学専攻教授(併任)。科学技術分野文部科学大臣表彰若手科学者賞、情報処理学会論文賞ほか受賞多数。

 クラウドコンピューティングでは、ネットワーク上に存在する多数のサーバーが提供するアプリケーションを、サーバー群を意識することなく、従量制で利用できる。利用企業から見ると、サーバーの設置と運用はサービス事業者が代行してくれることになる。

 さらにSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)では、データベースを含むミドルウエアもインフラ側で用意・管理される。利用企業にとって、情報システムは所有するものから、利用するものに変わる。

 国内のSI事業者はシステム開発だけでなく、保守・運用からも大きな収益を上げていることが多い。しばしば「クラウド時代にSIビジネスの明日はない」といった無用な悲観論が出るのはこのためだ。

 また最近、仮想化技術を駆使して社内専用のクラウドインフラを構築し、ハードウエアを集約させる動きが出ている。これをプライベートクラウドと呼び、通常のクラウドをパブリッククラウドと呼ぶことも多い。

 筆者はプライベートクラウドの目的はコスト削減であり、新しいアプリケーションが生まれる可能性は低いとみている。しかもプライベートクラウドの基礎である仮想化は複雑な技術であり、適切に扱える管理者の確保は難しい。既存システムの規模が大きい場合を除くとコスト高になりかねない。このことから筆者は、クラウドの本流はパブリッククラウドにあると考えている。本稿でもパブリッククラウドに絞って議論を進める。

クラウドは選択と集中の手段

 クラウドコンピューティングは既存の情報システムを丸ごと置き換えるかのように語られることが多いが、それは誤りだ。自社の情報システムにおけるアプリケーションの「選択と集中」の手段と見るべきである。

 例えば、企業の情報システムが実行しているアプリケーションのなかで、他社との競争に打ち勝つための「コア」となるものはごくわずかだ。多くの場合、他社も同様のアプリケーションを実行している。貴重な自社情報システムで他社と同じアプリケーションを実行するのは無駄である。他社と共通するアプリケーションはクラウドコンピューティングに任せたほうがいい。その結果、自社情報システムには計算リソース的に、予算的に余力が出てくる。その余力で、他社に差を付けるためのアプリケーションを増強すべきだ。これが選択と集中である(図1)。

図1●クラウドコンピューティングによる自社システムの選択と集中
図1●クラウドコンピューティングによる自社システムの選択と集中
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クラウドには新規アプリケーションを

 ただしクラウドは既存システムの共通処理を請け負うだけではない。まったく新しいアプリケーションがそこに登場するはずだ。かつてメインフレームからオープンシステムにコンピューティングの潮流が移ったときにも、オープンシステムで実行されたアプリケーションの多くは、メインフレーム時代にはなかった新規のアプリケーションだった。同様に現在のWebサーバーが提供しているサービスも、オープンシステム時代になかったものが多い。

 過去の歴史が繰り返されるとは限らないが、クラウドコンピューティングで実行されるアプリケーションも、新しいものが多数を占めると考えるほうが自然だ。既存の情報システムで動いているアプリケーションを無理に移行させるより、クラウドコンピューティングに合ったアプリケーションを見つけるほうがより重要である。

 また、メインフレームがトランザクション処理などを中心に今でも使われているように、既存の情報システムがすぐになくなるわけではない。既存の情報システムは、クラウドコンピューティングが不得意な処理に使われ続けるだろう。SI事業者は今後、クラウドコンピューティングだけ、既存情報システムだけではなく、両者をうまく組み合わせることが求められる。