有限責任監査法人トーマツ
エンタープライズリスクサービス部 シニアマネジャー
近藤 宏治

 前々回前回では、IFRS(国際会計基準)が販売プロセスにどのような影響を与えるかを説明した。今回は、販売プロセスとともに企業の事業の根幹をなす購買・在庫管理プロセスに与える影響を取り上げる。

大きく六つのステップから成る

 購買・在庫管理プロセスには、企業外部からの原材料や商品の調達から、購入した原材料を使った製造、在庫管理までが含まれる。大きく、以下の六つのステップで構成される。

  1. 仕入先の選定
  2. 原材料・商品の発注
  3. 検収
  4. 購入代金の支払
  5. 購入した原材料を使った製造(原価計算)
  6. 在庫管理

 このプロセスでは、日本基準のIFRSへのコンバージェンス(収斂)が順次進んでいる。2010年4月1日以降に開始する事業年度より、改正企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」の適用が始まる。この時点において、日本基準とIFRS間の差異のうち多くの部分が解消されることとなる。

 以下、IFRS(IAS第2号「棚卸資産」)と日本の会計基準の差異からもたらされるものを含め、業務および内部統制に重要な影響を与える項目について解説したい。

会計基準の差異と業務プロセスおよび内部統制に与える影響

 購買・在庫管理プロセスに関するIFRSと日本の会計基準の主要な相違点を図1に示す。

図1●IFRSと日本基準との主な相違点および業務プロセスなどに与える影響
図1●IFRSと日本基準との主な相違点および業務プロセスなどに与える影響

 IFRSを導入する際は、こうした会計基準の差異が購買・在庫管理プロセスに影響を与える。(1)連結グループ内での棚卸資産の評価方法の統一、(2)原価計算に必要な項目の見直しという二つの観点から見ていこう。

(1)棚卸資産の評価方法の統一

 日本基準では連結グループでの会計方針について、原則として事業の種類別セグメント単位での統一が望ましいとしているものの、必ずしも統一は必要とされていない。これに対し、IFRSは連結グループでの会計方針の統一を求めている。

 購買・在庫管理プロセスでかかわってくるのは棚卸資産である。IFRSは性質および使用方法が類似するすべての棚卸資産について、同じ評価方法を採用することを求めている。

 一般に会計方針の統一には、以下のように進める。

  1. 統一対象とする棚卸資産の種類を決定する
  2. 現状を調査する
  3. グループ統一の評価方法を決定する
  4. 決定された評価方法にグループ各社が準拠する

 ただし、グループ全体で評価方法を統一することは通常難しい。このため、実務的な対応方法が必要になる(後述)。

(2)原価計算に必要な項目の見直し

 原価計算には原材料費、労務費、経費など多くの項目(費目)が影響する。このため、原価計算の際には、在庫管理、人件費計算など様々なプロセスからのデータ収集が必要になる(図2)。

図2●原価計算システム
図2●原価計算システム

 原価計算に含まれる費目の中には、日本基準とIFRSとの間に差異があるものがある。その例をに示す。

表●IFRS導入により原価計算に影響を与えると思われる項目(例)
費目影響を受ける主な項目
原材料費低価法(IAS第2号)
 切放低価法(評価損計上後に時価が回復した場合でも、評価損の戻入れを行わない方法)が認められなくなり、洗替低価法(評価損計上後に時価が回復した場合に、評価損の戻入れを行なう方法)のみ採用が認められる
労務費・退職給付費用(IAS第19号)
 退職給付費用の計算基礎となる数理計算上の差異の認識方法および過去勤務費用の認識方法が異なる
有給休暇費用(IAS第19号)
 期末時点で未消化で残っている有給休暇日数に基づき、費用(引当)計上が必要となる
経費有形固定資産の減価償却費(IAS第16号)
 耐用年数、残存価額等、減価償却計算に必要な基礎数値の見直しが必要になる
開発費の償却額(IAS第38号)
 一定の要件を満たす開発費が資産計上され、償却額が製造原価に算入される

 IFRS導入により重要な影響を受ける項目を漏れなく洗い出し、影響を原価計算プロセスに反映させるための対策を講じておくことが重要である。