IT資源をサービスとして提供するクラウドコンピューティング環境では、ユースモデルが重要になります。そのユースモデルとは、ユーザーはネットワークを通じてITサービスを「知り」「選択し」「調整して」「購入」する、というものです(図1)。

図1●プライベートクラウドのユースモデル
図1●プライベートクラウドのユースモデル

 ネットワークを介してITサービスの内容が情報提供され、それをユーザーが選択、調整している間に、サービス提供者との間でサービスの内容とサービスの質について合意が形成されます。そうしたプロセスが、人手を介することなく実行されます。

 ユーザーはAmazon EC2のようなサービスリクエスト画面を操作している間に、どのようなサービスが、どうやって、どんな品質レベルで提供されているかを認識できます。

 このような、サービス提供者と利用者の間の合意が契約として自動処理され、提供されることがクラウドコンピューティングの基本的なユースモデルだと考えることができます。

 このモデルは、これまでのIT資源の提供モデルとは全く異なります。ネットワークを通じて、ユーザーとのインタラクションが並行して行われてしまう可能性があります。例えば、社内IT部門では導入予定の無い企業内ソーシャルネットワークサービスを人事部門が単独でクラウドコンピューティング提供業者と契約してしまうような事態にもなりかねません。

 セキュリティやITコスト管理などのITガバナンスが分散し、崩壊することにもなりかねません。短期的なコストメリットによって長期的な企業のIT戦略が阻害されるようになってはいけません。そこで大切なのがITシステムにおける開発戦略です。

 正しい戦略の下ではクラウドコンピューティングは大きな可能性を持つことができます。コスト削減、迅速な対応、効率よいサービスの提供が可能になり、これまで社内に閉じてしまいがちなITサービスが企業や業界を超え、より広範な提供機会を得ることができるようになります。

 また、これまであいまいになりがちだった利用部門に対するコストの明確化と課金の実施によって、コスト面から見たITガバナンスを強化することが可能になります。エンドユーザーのPC環境にクラウドコンピューティングを利用することにより、システム資源、デスクトップPC、サービス利用に対するより良い管理を提供する仕組みを構築することが可能になります。

クラウド化にむけた5つのステップ

 では、クラウドコンピューティング環境を構築するにはどうしたらよいでしょうか。クラウド化に向けて、IT部門が正しく戦略を立案するための5つのステップを紹介します(図2)。

図2●クラウド化にむけた5つのステップ
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第一ステップ:IT変革のロードマップ策定
 企業システムの提供環境の変革に向けたロードマップを策定します。それはクラウド化を前提としたものになります。企業システムのロードマップにおける将来的なビジョンと現状のギャップを認識し、クラウドコンピューティングによって提供されるメリットを踏まえた自社システムのロードマップを策定します。

第二ステップ:クラウドコンピューティング環境のアーキテクチャー構築
 共通プラットフォームのアーキテクチャーを定義します。エンタープライズのクラウドコンピューティング環境では、提供するサービスの種類に応じたエンドユーザーとのインタラクション、システム運用と管理、課金などのビジネス管理を共通のシステムで提供するアーキテクチャーが必要になります。効率的で迅速なIT運用に向けた変革を支援する機能が盛り込まれます。

第三ステップ:クラウド環境で実施されるIT処理(ワークロード)の見積もり
 エンタープライズのクラウドコンピューティング環境で活用されるIT資源やITサービスの種類を明確化し、そのキャパシティーやパフォーマンス、セキュリティなどの非機能要件を策定します。提供される資源のレベルによって、需要見込みや運用展開の戦略などが見積もり対象となります。

第四ステップ:ハイブリッドクラウドの設計
 市場で提供されているパブリックサービスのコストと要件(機能と非機能)を調査し、ワークロードに応じたサービス要件に合ったサービスを選定します。パブリックサービスでは提供できない要件に対して、社内で提供するプライベートサービスと連携させます。そうしたハイブリッドなクラウドコンピューティングのモデルを策定します。

第五ステップ:システムの実装
 パブリックとプライベートのクラウドコンピューティングサービスを組み合わせたシステムを構築します。パブリックサービスの提供にはITプロフェッショナルのサービスが必要になります。プライベートクラウドの実装においては、製品やサービスを組み合わせた効率的で安全なシステム構築技術が求められます。

山下 克司
日本IBM クラウド・コンピューティング事業 チーフ・テクノロジー・オフィサー グローバル・テクノロジー・サービス 技術理事
1987年、日本IBMに入社。中小型のアプリケーションパッケージの開発、導入に従事。その後、ネットワークサービスやITインフラサービス全体の技術戦略を担当。IP電話とのコンバージェンス、ネットワーク仮想化技術などを開発。2010年1月よりクラウド・コンピューティング事業のCTOに就任。