マーケティング調査会社のクロス・マーケティングは、2009年秋から業務システムを「Amazon EC2」を使って運用する。通常の運用スタイルと比較して、3年間で5000万円近くのコスト削減が見込めるという。同社の利用事例を基に、EC2の利点や問題点を検証してみよう。

 「システムを開発するエンジニアの雰囲気が良くなった」――。クロス・マーケティングのシステム開発ユニットでエグゼクティブマネージャーを務める永井秀幸氏は、米アマゾン・ドット・コムの子会社、アマゾン・ウェブ・サービシズが運用するインフラストラクチャサービス「Amazon EC2」を使い始めてすぐに“良い効果”が現れたと証言する。

Amazon EC2、良いところ
「初期投資はゼロに。運用コストも25%削減」
「開発者がサーバーを買ってくれと言わなくなった」
「セキュリティは想像以上に堅牢。第三者監査で問題は見つからず」
「標準的なWebアプリケーションで、遅延は問題にならなかった」
「サーバーのバックアップやクローニング(複製)が超高速」

Amazon EC2、悪いところ
「想定以上に使用するサーバー台数が増加する」
「管理コンソールのユーザーインタフェースがミスを誘発しやすい」
「Amazonの都合で仮想サーバーが再起動したことがあった」
「情報がすべて英語で、米本国との交渉が必要」
「クレジットカード払いなのが不便」

 同社は2009年初めから、システム開発にEC2の仮想サーバーの利用を開始し、09年10月からは顧客企業向けのサービスもEC2上で稼働した。すでに80台弱のEC2仮想サーバーを利用し、コスト削減効果は3年間で5000万円を見込む。しかも単なるコスト削減にとどまらない効果がEC2にはあると語る。「当社は、マーケティング調査システムを自社開発しており、システム開発ユニットには委託先も含めておよそ20人のエンジニアが所属する。そのエンジニアの雰囲気が良くなったのは、EC2によって開発やテスト用サーバーを潤沢に使えるようになったためだ。当社は中国やフィリピン・セブ島にある協力会社にもプログラム開発を依頼しているが、EC2を使うことで外部との連携も容易になった。従来は社内のサーバーを外部から安全にアクセスさせるために、様々なセキュリティ設定が必要だった。それが不要になった」(永井氏)。

 永井氏が2009年末に2010年の予算を作成したところ、「EC2があまりに便利なので、現場のエンジニアから『サーバーを買ってほしい』という要望が途絶えた。最近はあきらめたのか、サーバーメーカーの営業も当社に寄りつかない」と話す。もちろん、EC2には「業務用途に使う上で様々な課題もあった」(同)。同社がどのようにしてEC2の課題を克服したか、詳しく見ていこう。

商用システムをEC2で運用

 クロス・マーケティングは、食品や家電といった消費財のメーカーなどから消費者アンケートを受託するマーケティング調査会社だ。現在、150万人の消費者モニターを抱え、Webサイトを使って消費者アンケートを行い、その調査結果を顧客企業に提供している。顧客企業には分析用の元データも提供し、マーケティング担当者自らが統計ソフトを使って様々な分析ができるようにしている。

 09年10月からは、顧客企業に提供するマーケティング分析サービスをEC2で稼働し始めた。さらに10年からは、消費者モニターがアンケートに答えるシステムもEC2で運用する計画だ。開発用システムやアンケート作成支援システムといった社内向けシステムの一部も、すでにEC2上で運用している(図1)。

図1●クロス・マーケティングにおけるAmazon EC2の使用形態
図1●クロス・マーケティングにおけるAmazon EC2の使用形態
Amazon EC2上では、社外の顧客や消費者モニターなどが使用するシステムのほか、社内の業務システムや開発用のテストシステムなどを稼働している。 Amazon EC2のサーバーと本社やデータセンターで運用するサーバーとの通信はすべてオープンソースのVPNソフト「OpenVPN」を使って暗号化してある
[画像のクリックで拡大表示]

 09年10月からEC2上で運用を始めた顧客企業向けサービス「research.jp」は、顧客企業のマーケティング担当者がWebブラウザを使って、アンケート調査データに対する様々な分析処理を行うものだ。統計処理ソフトにはオープンソースの「R」を使用する。

 統計処理ソフトのRは本来、コマンドラインでソフトを操作する。主に大学で使用されている、操作学習の難しいソフトだ。同社はR用のWebインタフェースを自社開発し、利用者はGUIによる簡単な操作だけで、分析処理が行えるようにした。

 顧客企業にはこれまで、Excelのマクロで開発した「REAL CROSS 2」という分析ツールを配っていた。「従来は60~90分かかっていた処理が、research.jpでは数分で終了するようになった」(永井氏)という。