クラウドコンピューティングが注目を集めている。だが、企業情報システムを安心して委ねられるだけの基盤になるためには、クラウドを実現するテクノロジと、クラウドから生まれるサービスの双方が歩調を合わせ、社会のニーズに応えなければならない。両者の間にある“素敵な関係”について、日本発でクラウドビジネスに臨むブランドダイアログの二人の取締役が解説する。今回は、柳沢貴志 常務取締役 兼 コンサルティング本部長が、クラウド時代のあるべきサービス形態を考察する。

 「SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を通じてクラウドの恩恵を届ける」――。このことが、クラウド普及の重要なメッセージであることは、第2回で述べた。では実際に、その恩恵をどうやって届けるべきだろうか? クラウドから生まれるサービスの本質や、サービス提供の最適な手段など、今回はクラウド時代のあるべきサービス形態を考えてみよう。

ビジネスアプリケーションがクラウドの普及を加速

 クラウドサービスと称した様々なアプリケーションサービスは、日本でも既に多数提供されている。なかでも、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)に代わるSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の浸透で、ソフトウエア自体の価値観が一変した。必要な時に、必要な分だけ、利用料を支払えばよいという利用形態の認知が広がっている。

 特にコンシューマに向けては、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、ブログ、メール、写真や動画の共有など、種々のサービスが“あちら側”、すなわちクラウドから提供され、世界的に多くのユーザーが利用している。単なる一方通行的な情報提供にとどまっていたWebサイトが、技術革新とデファクトスタンダード化の進展によって、OSなどのローカル環境に依存しない形で利用できるようになったのだ。

 これに遅れるかのように、SaaS型のビジネスアプリケーションが登場した。これにより、クラウドの恩恵が、より多くのビジネスパーソンにも届けられようになった。現在のビジネスシーンでは、種々の業務においてブラウザを開かない光景を探すほうが難しいだけに、SaaS型ビジネスアプリケーションへの違和感はない。

 ビジネスアプリケーションは大きく、基幹業務系、支援業務系、業界特化型に分けられる。基幹業務系に分類される、営業支援や販売支援、経理、会計などのアプリケーションは、今後の利用意向が強い分野だ。しかし、SaaSの利用実態としては、情報共有支援や、文書管理、ワークフロー管理、メール配信といった支援業務系のアプリケーションが多数を占めている。

 SaaS普及の足掛かりは、当たり前になったコンシューマ向けアプリケーション分野ではなく、まだまだ開拓余地があるビジネス向けのアプリケーション分野である。ここが、クラウド普及の重要戦略であることは間違いない。

ビジネスアプリケーションベンダーが迫られる構造転換

 一方で、ビジネスアプリケーションの提供者側に目を向けてみると、ソフトウエアベンダーやSI(システムインテグレーション)事業者は、SaaSモデルの登場によってビジネスモデルの転換を迫られている。直販や、販売会社経由、サービスパートナー経由などの提供モデルが存在するなかで、ソフトウエアの流通ルートが大きく変化するからだ。

 Saas型のアプリケーションサービスは、これまでの流通ルートではなく、インターネットを通じて直接販売できる。仲介する販売会社などを“中抜き”できる構造だ。加えて、同一アプリケーション・同一インフラを複数の企業で利用することで、運用コストも大幅に下げられる。これらの恩恵をユーザー企業に還元できるかどうかが問われているのである。

 課金体系においても、SaaSは月額利用料型のサービスであることから、収益モデルを再構築する必要がある。ライセンスを売り切り、保守料を得るという旧態モデルから脱却しなければならない。特にSI事業者は、この流れの変化に頭を抱えている。

 SI事業モデルは、企業の情報システムをパッケージソフトなどを使いながらインテグレートすることで成り立っている。しかし、SaaSが登場したことで、カスタマイズの必要性がなく、導入期間が短く、初期コストも大幅に低減できるモデルの存在が明らかになった。ビジネスモデルをストック型へシフトするなど、収益構造を大きく変えなければならない。システムの“所有から利用へ”という流れを止められないのだ。

 アプリケーションに対するユーザーの意見・要望も、その開発元であるSaaSベンダーに集約される。新しいサービスの開発や、サービス品質の向上も、SaaSベンダー自らが手がけ、よりユーザー企業に近い立場から質の高いサービスを提供できる。そこでは、SI事業者が介在し、顧客の声を伝えるという役割は縮小する一方だろう。クラウドから生まれたビジネスアプリケーションは、ユーザーに恩恵を与えると同時に、SI事業者などには厳しい選択を迫っているのである。