決しておもねず、決して妥協せず--。誰にもおもねることのない一人のエンジニア。決して人嫌いではないが、テクノロジがもたらす価値を社会に還元するために、常に最善を尽くす。そんなエンジニアとしての生き方を貫く主人公「渡瀬浩市」と、その秘書「高杉伊都子」、渡瀬が心を開く中学生「金田京太郎」。京太郎による渡瀬への取材によって、渡瀬のエンジニアとしての姿勢が明らかにされていく。

「お客様も、私に尋ねられるまで、年に1回だけ動くプログラムの存在なんて忘れていたのです。これで無事一件落着でした。今のパソコンはよくフリーズしたりしますが、そのようなOSは高い信頼性が求められるシステムには使えません。少なくともエラーが起きてもフリーズしないソフトが要求されます。
 最近はシステムも複雑になってきていて、止まってはいけないシステムが止まったって、よく新聞報道されていますね。今のSEには、そのようなシステムでもしっかりと設計できることが求められているのです。携帯電話のようなハードウエアに組み込まれるソフトウエアに不具合があると、機械も取り替えないといけなくなるので、事前テストで完全なものが要求されています」

(2)納期どおりにシステムが動かない

「さて、もうひとつのトラブルはこれが原因です」

 渡瀬は続けてホワイトボードに書いていった。

「そうそう。僕のパパもいつも口癖のように言ってるよ」

「システムを作る際は、客先の条件、これをRFP(要求仕様書)と呼びますが、このRFPに合わせて、システムの供給側が提案書を作ります。この提案書には、システム構成や、システム価格、さらには開発プロジェクトのスケジュール、これが納期ですね、などが記載されています。この内容を元に契約が結ばれるのですが、受注後に色々なトラブルが出てくるのです」

(A)システム構成が客先の条件を満たさない
  =・データ量や応答時間など
(B)納期(本番稼働)が間に合わず、どんどんずれ込む
  =・開発予定量が大幅に増え、予定通り作れない
   ・客先の処理要求が見込み以上にどんどん膨れ上がる
   ・テスト時にトラブルが想定以上に起きる
   ・テスト段階になってから客先から機能変更要求が出てくる
    など

「この中で私は特に(B)のトラブルで呼ばれることが多かったですね。この客先とのトラブルを引き起こすのは、事前に客先にそのように伝えていないことが最大の原因です。『遅れる』と言うと客先からどやされるからです。数年前のぎんが銀行で4月1日の稼働時に起こったトラブルは、その典型です」

「ぎんが銀行! パパの銀行だよ!」

 真剣にメモを取っていた京太郎がイスから飛び上がった。

「そうですか。金田君のお父さんの銀行ですか。お父さんの銀行のトラブルを例に挙げさせていただきますが、現場では『大きなトラブルになるだろう』ということは事前に分かっていたはずです。それを言い切れず、何とかなるといって稼働に持ち込んでしまったのです」

「そうそう、パパも同じことを言ってたよ! 『何とかなるじゃ困るんだよ』って!」