今回のテーマは提案書を作るタイミングです。ユーザーにインタビューをしたら次に提案書を作成して提出するという流れが普通ですが、そう単純な話ではありません。提案書はいつ作るのがよいのでしょうか。まずは、山田さんの様子を見ていきましょう。

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 今は午前8時前、オフィスにはまだ誰もいません。日は既に昇っていて、暖かく気持ちの良い朝です。初めて先輩の営業に同行した翌日、教えてもらったことを復習するために、少し早めに出社しました。「現場の熱気を覚えているうちに、復習しておいた方がいいよ」と五十嵐さんに言われたからです。

 きのうの五十嵐さんの営業を思い出してみましたが、一点だけ納得の行かないことがありました。それは、「提案書を書きましょうか?」とお客様に聞かなかったことです。僕が勉強した営業の本には、インタビューの後は、提案書の提出と書いてあったはずです。提案は営業のメインイベント。なぜ、五十嵐さんは提案書の提出を打診しなかったのか。今朝はそれについて少し考えてみようと思っていました。

 「まだインタビューが足りないと思ったから」「競合調査をしていないから」などと、自分の考えたことを少し書き出していると、五十嵐さんが缶コーヒーを手に出勤してきました。余談ですが、五十嵐さんは本当に、缶コーヒーをたくさん飲みます。

 「五十嵐さん、きのうはありがとうございました」

 「僕も楽しかったよ。また一緒に行こう」

 「ぜひお願いします。ところで、一つ質問があるのですが」

 「何だい?」

 「きのう、お客様に提案書を書いた方がよいか、聞いていませんでした。インタビューの次は提案書を提出するのが普通の営業の流れだと思っていたので、まだインタビューが不十分だったのでしょうか」

 五十嵐さんは、それを聞くとニヤリと笑って、

 「いや、インタビューは十分過ぎるくらいだよ」

 と言って、コーヒーを飲みました。

 「それじゃ、なんで提案書を書かないんですか?単に忘れただけとか」

 「もちろん忘れちゃいないさ。でもとても良い質問だ。山田さんは、僕がなぜ、提案書を書きましょうか、と聞かなかったと思う?インタビューは十分で、提案書を書く材料はすべてそろっている。むろん、忘れていたわけでもない」

 また五十嵐さんのクイズが始まりました。正直なところ、皆目見当がつきません。黙っていると、五十嵐さんはかばんの中からおにぎりを出して、食べ始めました。これは、僕が何か言うまで黙っているつもりだな、と思ったので必死に考えます。

 こちらに何か不手際でもあったのでしょうか?いや、そんなことはなかったと思います。1個目のおにぎりを食べ終わった五十嵐さんが、一言言いました。

 「提案書を書きましょうか、と言われたら、お客様は何と返事すると思う?」

 「じゃ、お願いしますって、言いそうですね」

 「そうだろう、だから書きましょうか、って言わないんだよ」

 全く訳が分かりません。僕が途方に暮れていると、五十嵐さんは2個目のおにぎりをかばんから取り出しながら言いました。

 「よし、質問を変えよう。山田さんは今からお客様になったつもりで考えるんだ」

 「分かりました」。僕はきのうのお客様になったつもりで、目をつぶりました。

 「ベンダーの営業担当者に話を聞いて、その提案の中身を本気で検討するとき、提案書は必要かい?」

 「それは必要です。自分で検討するにも、上司に話を通すにも」

 「そうだね、では、本気で検討はしていない場合、つまりまだ「いい話聞いた」で終わっている場合はどうかな?」

 「うーん、提案書はあってもよいけど、別になくても困りませんね。本気で検討する段階になってから、また提案書をもらえばよいですから」

 ここで、五十嵐さんはまたニヤリと笑って、一口おにぎりを食べて言いました。

 「ところで山田さん、提案書を作るのにどのくらい時間がかかる?」

 「まだ作ったことはないのですが、最低2~3時間、気合を入れたら1日はかかると思います」

 「そうだろう。だから自分としてはできるだけお客様が本気になったときにしか、提案書を作りたくないわけだ。受注につながらない無駄な提案書を作るくらいなら、新しいお客様を開拓するか、既存のお客様のフォローに行きたいからね」

 「確かに、そうですね。時間をうまく使わないと」

 「ところが、お客様は営業担当者から『提案書を作りましょうか?』と言われたら、『とりあえずお願いします』って言うじゃないか。だから、そう言ってはいけない。提案書は、お客様から『見積もらえますか?』とか『提案してもらえますか?』と聞かれたときに始めて作るんだ」