それは、2009年9月のことだった。定期的に開催していたシステム運用会議にて、メンバーから報告があった。「『モバゲー(モバゲーダウン)』のアクセスが急増しています」。

「耐えられない」と答えるわけにはいかない

 急激な変化であった。9月16日ごろは約5億ページビュー(PV)/日だったが、9月23日には約6.3億PV/日に増えていた。2009年8月は前月比5.6%増でPVが伸びていたが、このままでは100%増の伸びになることが予想された。

 変化を生んだ要因ははっきりしている。『怪盗ロワイヤル』や『ホシツク』といった、いわゆる「ソーシャルゲーム」による効果である。これらのゲームは新しいタイプで、ゲームの中で人と人がかかわり毎日少しずつ変化が起こるため、このタイプのゲームをやり始めると、毎日アクセスしたくなるという。それが、アクセス増につながっていた。

 当初は限定ユーザーに向けてベータ版として公開し、そこでのフィードバックを受けて改修した後、誰もが利用できるサービスとして公開した。ソーシャルゲームのベータ版を公開したのは8月21日のことだ。サービスインに合わせ、それまでの経験を基にアクセス増を予測し、サーバーを増設していた。だが、今回のアクセス増は、過去の数値は参考にならないほどの伸びだった。

 モバゲーの企画担当者は新ゲームによるアクセス増を受け、「これはチャンス、一気に事業を拡大させたい」との意向だ。だが、アクセス増はシステム負荷に直結する。システム担当者である筆者は、企画担当者から「システムは耐えられるのか」と問われていた。もちろん、「耐えられない」と答えるわけにはいかない。耐えられるシステム増強策を練らねばならなかった。

年末には15.5億PV/日に達するとの予測

 ここから、アクセス増との闘いが始まる。

 サーバーはスケールアウト構成にしており、リソースが足りなければサーバーを買い足すだけで増強できる。しかも、汎用的な機器で流通在庫があるので調達にそれほど時間はかからない。問題はネットワーク部分だった。ネットワーク機器の調達は一般に時間がかかり、オーダーしてから手元に届くまで3カ月かかるといわれている。急いでもらうにしても限界がある。早く増強策をまとめてモバゲー事業の責任者に承認をもらわなければ手遅れになってしまう。

 9月中旬、企画担当者に依頼し、将来のPV値を出してもらった。それによると、10月末時点で9.5億PV/日、11月末時点で12.2億PV/日、年末には15.5億PV/日とのことだ(図1)。これらをクリアすることが当面の課題になった。

図1●2009年9月時点で予測したPV
図1●2009年9月時点で予測したPV
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 PVは、システムから見ればインターネットとのインタフェース部分におけるトラフィック量の目安にすぎない。システムがどのくらいのPVに耐えられるかを判断するには、PVとシステム内部のトラフィック量との関係をつかんでおく必要がある。例えば、10億PV/月だと、システムのこの部分に1Gビット/秒のトラフィックが発生するといったことをつかんでおくのだ。

 こう書くと簡単そうだが、ネットワークだけで数十台もの機器がある。モバゲーを支えるシステムのネットワークを簡略化すると、インターネットとのインタフェース部分にルーターがあり、その後ろにファイアウォール、ファイアウォールロードバランサー、スイッチ、コアスイッチなどがある(図2)。

図2●モバゲーのネットワーク構成の概要
図2●モバゲーのネットワーク構成の概要
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 ファイアウォールロードバランサーとは、複数あるファイアウォールの負荷分散を行う機器である。ファイアウォールの負荷増大に悩まされていた2008年当時、大型で高性能なファイアウォールを1台導入するか、それとも小型のファイアウォールを複数台並べてファイアウォールロードバランサーを導入するかを比較検討し、後者の案を選択して導入した。

 個々のネットワークコンポーネントごとにPVとトラフィック量との関係を調べた結果、最初に限界に達するのはファイアウォールロードバランサーであることが分かった。