今回の提言をまとめたNTTデータと野村総合研究所の経営トップが、「ITサービス産業の未来に向けて」と題して対談した。ITサービス産業は、「情報システム開発産業」から「知識創出産業」へと変身すべきである、と訴える。高度な情報化人材の育成には、官民一体となって取り組む必要性があることも強調した。

(モデレーターはキャスターの福島敦子氏、文中敬称略)


トップ対談の様子。左から、モデレーターを務めたキャスターの福島敦子氏、NTTデータの山下徹社長、野村総合研究所 藤沼彰久会長兼社長
トップ対談の様子。左から、モデレーターの福島敦子氏、NTTデータの山下徹社長、野村総合研究所の藤沼彰久会長兼社長
(写真:吉田 明弘)
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モデレーター NTTデータとNRIはビジネスのライバルです。その2社が合同で今回のフォーラムを開催することになったきっかけは何か。最初は、その点から教えてください。

山下 きっかけは、藤沼さんとお会いした際に、ITサービス産業の現状に対する課題について、意見が一致していることが分かったからです。人材育成や社会課題へのアプローチ、請負型のビジネスモデルといった個々の問題に対する意識はもちろん、それらが相互に関係しており、トータルに議論する必要がある、という見解が同じでした。

 特に人材、これが業界共通の課題として深刻であると私は思っていました。「3K職場」と言われたりして、学生の人気が下がっている。

 会社の魅力を高めようと、当社は様々な手を打ってきました。裁量労働制度を導入したり、在宅勤務体制を整えたりしています。それで驚くことに、昨年「父親が子育てしやすい会社」のトップとなり、ベストマザー賞の企業部門賞もいただきました。でも、これによって当社の評価が上がったり、学生の就職希望者が増えたりしているかというと、あまり変わっていないように思います。

NTTデータ 山下徹社長
NTTデータ 山下徹社長

 労働条件や環境の改善は必要なことです。でも、若い人たちの関心は、労働条件よりも、やりがいや働きがいにある。仕事が厳しいかとか、きついかといったことだけに関心があるわけではないわけです。学生に人気の高い企業をみても、ITサービス会社より、きつい、厳しいと思える会社は少なくありませんからね。

 若いころを振り返ってみると、今よりも労働条件は悪かったと思いますよ。でも、そのようなことが今ほど問題になりませんでした。それは、皆、当時のコンピュータ業界の将来性や、仕事のやりがいに魅力を感じて、ITサービス業界を選んでいたからだ、と思うのです。

 人材に関するテーマで議論すると、上手な育成方法は何か、就職人気度を高めるための方策は何か、といった“テクニカル”な議論になりがちです。こうしたことは大事ですが、十分ではない。

 我々の業界は、社会にとってどのような存在なのか。使命は何か。こうした本質的な議論が抜け落ちている。そんな気がしてなりませんでした。

 日本が抱える様々な課題について、我々は本当にきちんと課題解決につながる提案を出し、貢献できているのだろうか。このことを、最初に考えるべきです。

 以前は、企業の合理化や生産性の向上などに関して、ITサービス産業は相当の貢献をしてきたと思います。ところが今は、どうか。時代の変化に応じて、我々の貢献の仕方が変わってきているのに、キャッチアップできていないのではないか、と思います。

 こういった具合に、人材について議論していくと、これがシステム開発の契約形態やビジネスモデルなどの課題につながっていく。個別の課題の解決策を個別に議論していても、意味がない。業界の変革につながるようなアイデアも出てこない。こうした問題意識が、藤沼さんと一致したのです。

ITサービス産業が変わらないと、日本が駄目になる

藤沼 経緯は山下さんがお話された通りです。今回まとめた問題意識や提言の内容には、我々2人の思いがかなり盛り込まれています。

 私はこれまで、どちらかというとお客様とお付き合いをしており、あまりITサービス業界の方と親しい付き合いをしてきませんでした。しかし、「日経コンピュータ」で対談したことをきっかけに、山下さんと親しくさせていただいております。

野村総合研究所 藤沼彰久会長兼社長
野村総合研究所 藤沼彰久会長兼社長

 ITサービス業界の問題について、語れば語るほどお互いの考えが同じだということが分かりました。NTTデータと当社では売り上げはずいぶん離れていますが、でもまあ、中身を見てみると一緒だねという話で、それならぜひとも2社で課題解決に向けて努力していこう、という流れになりました。

 互いの意見が一致していたことは、大きく二つあります。一つは、このままだとITサービス産業、少なくとも日本のITサービス産業には未来がないということです。もう一つは、お客様のニーズが変わっているのに、それに対応しないでいいのか、ということです。

 変化に対応できるような業界に、日本のITサービス業界を変えたい。仮に変われないのであれば、これまでにない新しい業界を作るしかない。そうしないと、日本が駄目になってしまう。こうした強い危機感を持っています。

 かなり難しいテーマです。だからといって、何もしないではまずい。NTTデータとNRIが一緒に取り組んでも、容易に実現できるなものではないと思っています。

 ですが1社よりも2社で取り組んだほうが、より良い成果が得られるのではないだろうか。そう考え、「ぜひ一緒にやりましょう」ということになりました。

モデレーター 具体的な提言として、「社会インフラ」の分野で、総合的なマネジメントシステムを提案、整備する役割の重要性を挙げています。ITサービス産業の役割の潜在能力の高さを感じる内容です。

藤沼 我々がまとめた日本の課題は、「成長産業不在」「生活破綻」「治安悪化」「インフラクライシス」などになります。議論の当初、ITサービス産業がこれらすべてに貢献できるのだろうか、と疑問を持っていました。

 私は、ITで貢献できるのは「成長産業不在」という部分くらいかな、と思っていました。ところが、この活動に参加しているメンバーから、「社長、それは違います。ITで貢献できる領域は、もっと広いのです」と言われましてね。目線が低い、と叱られました(笑)。

 それを分かりやすく示すため、今回は「インフラクライシス」に焦点を当てました。

 日本では、まだ社会インフラの問題は深刻になっているわけではありませんが、何もしないでいると、「インフラクライシス」に直面します。やがて浮上するだろう課題を解決するために、ITをどう使えばいいか。我々がどのように活躍できるかを、今から真剣に議論すべきだ、と訴えたかったのです。