2007年に合併したカナダのトムソンと英ロイターは、様々なIT(情報技術)システムに膨大な投資をしてきた経緯があり、各々が巨大で複雑かつ洗練されたシステムを保有していた。

 例えばERP(統合基幹業務)システムとして、トムソンは独SAPの、ロイターは米オラクルの製品を使っていた。CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)など日々の業務に欠かせない重要な情報をERPシステムで扱っていたため、合併する際にとても複雑な問題を引き起こした。

 そこで買収計画の発表直後、システム統合を主導するチームとして「PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)」を立ち上げた。両社から適任のリーダーを選び、多岐に渡る業務プロセスとIT資産をすべて洗い出し、統合過程を監視。合併後に何が使えて何が使えないのかを明確にした。

 PMOを設けたことによって、合併と同時に一気にあれこれすべてを実施しようとするのではなく、何を優先すべきかが明らかになり、統合作業を整理することができた。優先度の高いものから順番に統合計画を策定し、目標達成時期を明記、その上でさらに「現在何を優先すべきか」を見直す作業を毎週実施した。

 私たちはまず、数あるシステムの中で最も重要かつ規模が大きなものの1つだったロイターの財務システムをオラクル製品からSAP製品に統合することを早い段階で決断した。結果として、この英断が統合を成功に導いた。

 その際、資材の購買、出張や経費の承認システムなどを含めて30以上の機能を拡張した。オラクルで構築したシステムをSAPに統合するのにかかる時間は、IT業界では標準で18週間程度と言われている。今回はロイターを買収してから16週間以内に追加機能の増強まで完了できた。SAPへの統合に割いた時間はこのうち5週間に過ぎない。異例の短期間で作業を終えることができた。

 最近は当社の金融サービス向けに、新しい顧客サポートサービスを構築中だ。米シスコのIP電話ソリューションを活用することによって、当社のITエキスパートたちで構成するサポートチームが1日24時間いつでも、世界のあらゆるところにいる顧客に対してITサポートサービスを提供できるようにする。当社は世界最大の総合的な金融・情報サービス企業という性格上、世界中にいる社内外の顧客に対して24時間体制で金融サービスや情報サービスを安定的に提供する使命があるからだ。

 ただし、社外の顧客も社内の顧客も国や地域によって文化や働き方が違うため、ITサポートチームはサポート業務をする際にきめ細かな配慮を求められる。このため、各国に分散したサポートチームのメンバーがバーチャルに協力し合う快適な業務環境を作り出すことが欠かせない。

IT講座の開設やメンター役の手配にも奔走

ケリー・クレイン氏
ケリー・クレイン氏
2007年にカナダの情報サービス大手トムソンが、イギリスの通信社ロイターを合併して誕生したのが、世界最大の金融・情報サービス会社のトムソン・ロイター。報道機関としては「ロイター」ブランドを維持。2008年の見積売上高は134億ドル。本社はニューヨーク。

 トムソン・ロイターは100カ国に 5万人の従業員を抱えるが、ITエキスパートは社内におよそ1000人いる。IT部門では、(1)まずは社内外の顧客の立場になって考える、(2)日々変化を導き出すように努力する、(3)グローバルな立場で考えて行動する─ことを心掛けている。これら3点はITチーム以外の従業員にとっても欠かせない発想だが、こうした努力を続けることがトムソン・ロイターという企業の価値を生み出し、また「いかにしてビジネスを推進したらいいのか」を考えるときの核となる。

 CIO(最高情報責任者)として最も大変なことは、二足のわらじどころか、3足も4足も履かなくてはならないことだ。戦略コンサルタント、作戦の指揮者、ビジネス・パートナー、ITエキスパート、重要な意思決定者と多くの役割を果たしているため、多くの困難に突き当たる。

 個人的には、プロジェクトなどを通して従業員の多様性を推進する環境作りに、特に気を配っている。人種や年齢、性別などの面で多様性のある職場のほうが柔軟な考え方を生み出しやすい。多様性はイノベーションを起こすのに不可欠だ。

 そこで、女性版の「テクノロジー・スペシャル・インタレスト・グループ」を立ち上げた。トムソン・ロイターのITチームは男性が多い職場だからだ。女性技術者に対し、互いを助け合い、ITに対する理解を深めるための講座や講演会を開き、メンター役の手配などを実施している。この取り組みによって、ビジネスの才能はあるがITの専門的な知識や能力に自信がないような女性を早く発見して活用することができる。

ケリー・クレイン氏
米トムソン・ロイター上級副社長 兼 CIO
経営管理学で博士号を持つ。トムソンに22年間勤務し、人事評価サービス部門のCTO(最高技術責任者)などを歴任した。2007年のトムソンによるロイター買収後、現職に就任し、両社の技術・システム面の統合を主導した