IPv4アドレスの延命策の一つとしてISP(インターネット・サービス・プロバイダー)が導入を検討しているLSN(Large Scale NAT)について、ある家電メーカーがデジタル家電製品にLSNがどういう影響を与えるか実証実験を行った。その結果、一定の条件が重なるとインターネットサービスを正常に利用できなくなるなどの影響が確認された。この実験を行った技術者は、ユーザーのトラブルを最小限に留めるためには、「ISPはいつからLSNを導入し、どういう影響があり得るかといった情報をオープンにすることが望ましい」と指摘した。

 LSNは、今後在庫が不足するグローバルなIPv4(IPv4-g)アドレスを、複数のプライベートIPv4(IPv4-p)アドレスに変換することで、在庫の消費を抑える。2011年にも在庫がなくなると見られているIPv4アドレス延命の有力策として、ISP各社が導入を検討している。

ポート数制限から増やせるアドレスは32倍程度

 LSNではIPv4-gアドレスが持つ「ポート」を変換先の複数のIPv4-pアドレスに分配するが、以前からIPv4-pアドレス一つ当たりに分配するポート数が少なすぎると、ネットサービスが正常に利用できなくなる可能性が指摘されていた。

 実証実験では、デジタルテレビやHDD(ハードディスク装置)レコーダーをLSN環境に接続し、YouTubeやアクトビラなどを利用した。デジタル家電のIPv4-pアドレスに分配するポート数を、5ポートから5つずつ増やして、どれくらいのポートを確保すればインターネットの各種サービスを正常に利用できるか、定量的に検証した。実験の結果、YouTubeとアクトビラの動画配信サービスでは、ポート数が5~15では正常にサービスを利用できず、ポート数を20にするとスムーズに動画を再生できた。またアクトビラの株価情報の場合、ポート数が少ないと画像やボタンが正常に表示されず、50まで増やしたところで正常にサービスを利用できたという。

 この結果は、インターネットのサービスを一つだけ利用した場合のものである。実際の利用シーンでは、同一家庭内で複数のサービスや端末を同時に利用することが一般的で、さらにパソコン向けサービスの中には家電向けよりもポート数の消費が多いサービスがあることなどを考慮すると、「一つのIPv4-pアドレスに対して500~1000ポート程度の割り当てが必要」と説明する。LSNで分配する前のIPv4-gアドレスが持つポート約6万5000個のうち、用途が予約済みのものを除いた分配可能なものは約1万6000個であることから、LSNを導入しても実用的に増やせるIPv4アドレスは在庫の16倍~32倍程度となる。そのため「LSNの導入によるIPv4延命効果は限定的ではないか」と指摘した。

LSN導入で使えなくなる家電サービスも

 またLSNには「多段NAT」によるP2Pサービスへの影響も指摘されている。これは、LSNを導入した環境でIPv4-pアドレスを割り当てられたユーザーが、自宅で複数の端末をネット接続するためにNATを使う場合に、LSNと自宅内でNATを2回使うことで発生する問題だ。

 NATを導入した場合、ルーターからユーザー側にあるプライベートIPアドレスで繋がっている端末は、インターネット側の端末からは直接把握できなくなるため、端末同士の直接通信(P2P)が難しくなる。NATを導入した環境でもP2Pを実現する「NAT越え」と言われる技術はいくつかあるが、LSN環境のように2段のNAT環境に対応できるものは少なく、また一般的でないという。実験では外部から宅内の端末にアクセスして利用するケースとして、HDDレコーダーとIPカメラ、IP電話、ゲーム機を使って実験を行った。このうちHDDレコーダーのリモート予約機能と、ゲーム機のP2P対戦機能はLSN環境でも動作した。一方、IPカメラとIP電話は、LSN環境では動作しなかった。このことから「多段NAT環境でもそれを考慮して作った端末やサービスは利用できるが、古い端末やサービスの中には対応できないケースが多く出てくる」という。

 LSNはISP側で行う対策であることから、ユーザーがLSNの導入を意識しないケースも考えられる。この場合LSNが原因でトラブルが起きても、ユーザーが、端末側、ISP側、あるいはサービス事業者側のどこにトラブルの原因があるのか、切り分けが難しい。

 そのため、「問題解決にはLSN導入時期の告知など、ISPによる情報開示が非常に重要になる」という。