月刊ビジネス誌『日経情報ストラテジー』と東京コンサルティングが共同で事務局を務める「オールジャパン競争力強化実行委員会」は、情報システムユーザー企業のCIO(最高情報責任者)が、情報システム提供企業に対して抱く疑問を「CIO公開質問状」として質問した。クラウドサービスを提供するIT(情報技術)ベンダー主要8社が公開質問状に回答した。本記事では、日本IBMの三崎文敬クラウド・コンピューティング事業クラウド事業企画部長が、「クラウド」に関する疑問に回答する。

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質問3:情報保護・保証の考え方

Q:顧客企業のデータの保護・セキュリティーをどのように確保しているか。万が一の事故の場合の保証についてどう考えているか。

A:IBMセキュリティー基準を運用している。保証は契約に基づく。

 IBMでは全世界のセキュリティー専門家を集めて厳格なIBMセキュリティー基準を定義している。クラウド技術に基づいた情報システムも、従来からあるIBMのアウトソーシング部門が責任を持って運用を担当する。アウトソーシングの運用基準をそのまま適用するのだから、サービスレベルは高いと言える。データがどこにあって、どう扱っているかということも明言できる。

 もちろん、サービスレベルとコストはトレードオフの関係にある。あるレポートによると、稼働率99.9%と99.999%とでコストを比較すると、後者は前者の20倍以上になるという。サービスレベルはコストとの見合いで考えるべき。これまでの運用・アウトソーシングに関する豊富な経験から、クラウドが有効な「スイートスポット」に関するノウハウを提供できるのもIBMの強みだ。

 万が一の事故の場合について、当社法務部門のレビューも受けた正式な回答としては、「事故の防止に向けて最大限の努力を尽くしている。仮定の質問には確答しかねるが、万が一事故が発生した場合には、実際の状況に応じ、利用契約に基づいて誠実に対応する」。

質問4:標準化・オープン性確保の考え方

Q:クラウド業界の標準化・オープン性確保についてどのように考えているか。

A:リナックスの時からオープンがIBMの基本戦略。クラウドでも同様だ。

 IBMはグローバルでは2009年3月にクラウドのオープン性確立のための原則をまとめた「オープン・クラウド・マニフェスト(The Open Cloud Manifesto)」(関連記事)を発表しており、発起企業の1社だ。半年以内の間に、米シスコシステムズや独SAPなど280社以上のIT関連企業が参画を表明している。

 日本IBMは国内でも、経済産業省や総務省など様々なところが推進している研究会に入って積極的に参加・協力している。

 IBMはオープン化・標準化をとても重視する。Linuxが普及し始めたころから、“オープン戦略”で行こうという方針で、Linuxのカーネル(OSの各部分)に関する特許・知的財産を開示するなど、具体的な行動を起こしてきた。

 イノベーション(技術革新)を起こすには、IBM単独の取り組みでは限界がある。オープン化や標準化は重要な要件だ。クラウドの世界でもこの方針を続ける。表面的に「オープンだ」と言っているのとは違うということを理解してほしい。

質問5:ユーザー企業に伝えたいこと

Q:ユーザー企業に伝えたいことは。

A:クラウドをひとまとめにとらえないで、個別具体的に理解してほしい。

 私たちが言っているクラウドの世界と、例えばアマゾンやグーグル(関連記事)などが提供する、どこでどう動いているか分からない世界とごちゃごちゃに議論をされると困る。

 (グーグルなどが掲げるように)データや運用のガバナンス(統制)をユーザー企業が放棄するというのもクラウドの1つの姿勢としてあり得る。ただし、IBMの考え方とは違う。クラウドに関する姿勢は各社各様なので、うまく理解しないと道を誤ってしまうだろう。

 例えば、日本政府が実施した「定額給付金」のための事務システムをクラウドで低コストで素早く構築したことが話題になった(関連記事)。しかし大切な住民情報を国外に出すというのは、本来なら言語道断のはず。そういうリスクに対する感覚が日本の情報システム関係者やメディアに乏しいことが、不思議に思えて仕方がない。

 もちろん、サービスレベルの優先順位を下げてコストを下げるべき分野もあるだろう。投資の優先順位を決めて実行するのがユーザー企業の経営者やCIOの仕事で、その本質はクラウドの分野でも変わらない。


回答企業8社一覧


回答者:三崎文敬(みさき ふみたか)氏
日本IBM クラウド・コンピューティング事業クラウド事業企画部長

日本IBM入社後、製品開発担当や製品企画担当などを経て、米IBMコーポレーションの技術戦略部門スタッフ。2001年以降、Linux、グリッドなど新興ビジネス育成に従事し、2009年より未来価値創造事業にて全社のクラウド戦略を担当。2010年1月から、クラウド・コンピューティング事業クラウド事業企画部長として全社のクラウド・コンピューティング事業戦略およびマーケティングを担当。

オールジャパン競争力強化実行委員会とは

 情報システムの有力ユーザー企業18社のCIO(最高情報責任者)およびCIO経験者で構成する組織。IT(情報技術)ベンダーに対して、CIOの率直な疑問を「CIO公開質問状」として発信する活動を展開。CIO側の疑問の理解と、ITベンダー側の改善努力を促し、IT活用を通じた日本企業の国際競争力向上につなげることを目指す。

 事務局は、月刊ビジネス誌『日経情報ストラテジー』編集部と、東京コンサルティング代表の石堂一成氏が共同で務める。それぞれ、CIOが参画する中立的な勉強会である「日経情報ストラテジー CIO倶楽部」と「CIOネットワーク・ジャパン」を主宰している。この2つのコミュニティーに所属するCIOを中心とする18社で委員会を構成する。

メンバー企業名(50音順):
旭化成、オムロン、オリックス、カシオ計算機、サントリーホールディングス、JFEスチール、新日本石油、住友電気工業、セブン&アイ・ホールディングス、損害保険ジャパン、電通、東京ガス、東芝、トヨタ自動車、パナソニック、富士ゼロックス、三菱ケミカルホールディングス、森永乳業