文:荒井 弘正(地域総合整備財団[ふるさと財団] 地域再生部長)

 まだ数こそ少ないが、いくつかの観光地では携帯端末などを活用した観光ガイドの実験が始まっている。観光客は、出発前に観光情報サイトやガイドブックでチェックした事前の情報とは異なり観光中にしか手に入らない現地情報を、携帯端末などからチェックすることで、観光地の魅力を味わい、満足度を高める---。携帯電話や専用端末、無線LANなどのユビキタスネットワークの広がりとともに、観光地ではこうした取り組みが始まっている(図1)。

図1●携帯端末によるガイドシステムの例
図1●携帯端末によるガイドシステムの例
沖縄県南城市の聖地・斎場聖嶽(世界遺産)での様子

 出発前の事前情報だけではなく、現地情報にも力を入れ、訪れた観光客の満足度を高めてリピーターを増やしていく---。自治体による観光情報の発信にも、そんな戦略が必要になりそうだ。3回にわたって自治体による新たな観光情報発信のあり方を解説する。

3段階の情報を戦略的に一体として提供する

 観光は、我が国産業の中でも数少ない成長分野といってよいだろう。2009年末に政府が発表した新成長戦略でも、観光は6つの戦略分野のうちの一つに位置づけられた。とりわけ成長が期待されるアジア地域からの訪日観光客は、疲弊した地方の観光地の再生にとっては救いとなる。

 このため、最近の地方自治体の施策を見ても、観光分野での新たな取り組みが目立つ。観光に関する情報発信も、人口規模の小さな自治体で充実したつくり込み(事前情報が中心)を進めている事例は少なくない。

 しかし、携帯端末などが普及した現在のユビキタス社会では、観光情報は出発前、現地、帰宅後の3段階に応じた内容と形態で発信していく必要がある(図2)。これは、外国人観光客の満足度の向上にもつながり、今後、自治体もこうした取り組みを進めていく必要がある。

図2●観光の3段階と提供すべき情報の内容
図2●観光の3段階と提供すべき情報の内容

 観光の第一段階、つまり出発前に提供する事前情報は、観光客を旅にいざない、観光を企画するために必要な情報を提供することが目的である。今日、観光客は旅行会社の情報サイト、観光パンフレット、ガイドブック、友人や知人による口コミ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、それに個人ブログなどの情報を立体的に組み合わせながら、観光を企画することが多い。このため、自治体がホームページなどを通じて提供する事前情報は、他の媒体や旅行会社のサイトと内容の重複を避けながら、自治体が関与するイベント情報や恒久性の高い精細な動画のように自治体だけが所有するコンテンツを掲載するなど、独自性を打ち出す必要がある。

 観光の第二段階で提供される現地情報は、観光スポットの由来など現地で観光ガイドの役割を果たしてくれる情報や、困ったときのヘルプ情報、最近の話題などに特化したものが適している。現在は自家用車やレンタカーによる個人旅行が主流となり、観光ガイド(バスガイドも含む)の数は少なくなった。しかし、団体旅行が主流であったころ、観光ガイドは観光客のニーズに合わせてそこでしか聞けない説明をしていた。こうした観光ガイドの役割を携帯端末などに盛り込むことで、観光の満足度を高めることができる時代になった。

 観光の第三段階は、観光から帰宅した後に発信される事後情報である。事後情報は、旅の思い出や写真などを記憶として整理し、時にはブログなどで公表され、また、次の観光先をサーチするための役割を果たすものである。また、帰宅した観光客が旅の思い出や経験をつづった口コミ情報は、これから観光を企画する人にとって大変重要なものである。

 このように、観光の各段階で発信される情報は、独自性を持ちながらも、全体として一体的な戦略性をもって提供される必要がある。事前情報がいくら充実していても、現地情報が不足していれば観光客にとって満足度は上がらないし、事前情報と現地情報の内容の配分によって、観光満足度は向上もすれば低下もする。

 事前情報は臨場感をもって旅にいざない、現地情報は眼前の観光名所の魅力をさらに引き出すものでなければならない。また、事後情報は自分だけの“旅行日記”を作成したり、口コミ情報をコントロールしたりするために有用でなければならない。