情報システムの“ユーザー企業”にとって、情報システムをどう活用すれば競争力を強化できるのか。ITベンダーやシステム・インテグレーターなどの営業トークや提案内容を見極めるうえで何に留意するべきか。ITベンダーなどに何かを求める以前に、“ユーザー企業”が最低限考えなればいけないことは何か――。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、情報システムの“ユーザー企業”の経営者・担当者の視点から、効果的な情報化のための発想法を解説する。

 前回(第13回)は「景気変動に左右されやすい企業・業界」においてIT(情報技術)・情報システムを活用しようとしている“ユーザー企業”が「見るべき情報」について書きました。前回は人材派遣企業を例に挙げましたが、さらに、私が知っているアパレル企業とタクシー企業の事例を紹介します。

「購入しない顧客」の動向を分析対象に

 あるアパレル企業で、検討したものの実現には至りませんでしたが、「いかに早い段階の情報をつかむか」という観点で参考になる事例を紹介します。

 デパートの婦人服フロアーには、ブランド別にショップがあり、ショーウインドーにマネキンを設置して、そのブランドが提案するコーディネートを展示しています。どのような人がこのウインドーの前で立ち止まるのでしょうか。このアパレル企業はそこに関心を持ちました。

 購入するのがどのような人なのかはPOS(販売時点情報管理)データなどから把握できます。それより大きな母集団である、購入しない人も含めた層について深く知りたいと考えたのでした。

 この企業のアイデアは、マネキンに隠しカメラを設置し、マネキンを見る人を撮影しようというものでした。人の顔面をパターン認識技術で識別し、その瞬間に自動的にシャッター切るのです。これによってマネキンのファッションに関心を示す人の年代、雰囲気、嗜好(しこう)などが分かるというわけです。さすがに「隠しカメラはまずい」といった反対意見や肖像権の問題から実現はしませんでした。しかし、POSデータなど既存の情報では、遅い・狭いという強い問題意識が表れていました。

変動を追わず「変動しない層」を狙う

 もう1つ、「変動しない層を狙う」という考え方があります。景気変動に左右されやすい企業において変動しない層の動きを見るというのは逆説的ですが、ときとして大きな効果があります。

 具体的に、景気変動に最も敏感な産業の1つであるタクシー業界の事例を紹介します。

 私はよく「正規分布を頭に描く」ことを考えます。タクシーの乗客について正規分布を描いてみます。例えば、縦軸=人数、横軸=年齢、としても意味ある正規分布のグラフにはなりません。

 そうではなく、縦軸=人数、横軸は「どんなに好景気であろうとタクシーとは無縁の人を左端、どんなに不景気でもタクシーを使う人を右端」に置くことを考えてみます。つまり横軸はタクシーの“利用強度”を表します。景気が良い時はどんどんタクシーを利用し、不況になると利用を控えるタイプの人たちは、正規分布グラフの中央付近に位置づけられます。

 このタクシー会社は、右端の層に着目しました。つまり、景気動向とは無関係にタクシーを利用する「変動しない層」です。足腰が不自由だったり、立場上景気が悪くても自由に経費を使えたりする層は、絶対数は少なくても固定客になる可能性があります。普通のタクシー会社であれば、「どこから乗るかわからない」という理由で固定客の囲い込みをあきらめてしまいます。ところがこのタクシー会社は、徹底した情報活用によって、変動しない層を獲得しているのです。

 固定客には名前に加えて、勤務地と携帯電話番号を登録してもらいます。第1の法則は、タクシー利用の一定割合が、勤務地から習慣的・反復的に乗車するパターンだということです。勤務地から乗車する場合の乗車時刻にも法則性がありました。この法則を生かせば、何時にどこに何台のタクシーを配車しておくべきか、統計的に自動計算できます。