榊原 睦彦/情報通信総合研究所 研究員

 2010年1月,米国ラスベガスで開催された世界最大の家電見本市「2010 International CES」では,米アマゾン・ドットコムの「Amazon Kindle」のヒットを受け,数多くのメーカーが電子書籍端末の新製品を発表した。大手メーカーでも,既に販売しているソニーだけでなく韓国のサムスン電子なども参入してきた。

電子書籍端末の反響が大きかった今年のCES

写真1●韓国サムスン電子の電子書籍端末
写真1●韓国サムスン電子の電子書籍端末
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 新しく出てきた電子書籍端末の特徴は,「機能の融合」だ。特に脚光を浴びていた英プラスチック・ロジックの「QUE」は,電子メールの閲覧や「Microsoft Office」ドキュメントの閲覧機能などもあり,10.5インチの電子ペーパー画面上で,タッチスクリーンを利用してコンテンツを閲覧する。電子書籍だけでなく電子新聞なども閲覧でき,通常の新聞のように折り曲げて読んだりすることもできる。

 サムスンの電子書籍端末は,アドレス・リストの管理といったオーガナイザー機能や,スケジューラー・メール機能などのビジネスに役立つ機能を豊富にそろえている(写真1)。

 また,米アントラージュ・システムズは「enTourage eDGe」という端末を展示していた。この端末は,本体を開くと左側に電子ペーパー,右側にAndroidを操作できるカラー・タッチパネル液晶という2画面構成となっている。「Android Market」と連動することで,様々なアプリケーションのダウンロードが可能であり,電子書籍という枠を超えた端末になるだろう。

 CES開催後の1月27日には,米アップルがiPhoneとMacBookの中間に位置する製品として,タブレット型デバイス「iPad」を発表した。

 当初うわさされていたiPhone OSの新バージョン発表などはなかったが,iPhoneより鮮明な液晶で,Web閲覧や動画再生,音楽再生の機能に加え,電子書籍の閲覧も可能な端末である。iPadの米国での発売時期は,無線LAN(Wi-Fi)モデルが3月後半,Wi-Fi+第3世代携帯電話(3G)モデルが4月。日本市場でも,Wi-Fi版は3月下旬以降の発売予定で,Wi-Fi+3G版については6月以降に発売する見通しだ。iPadは単なる電子書籍以上の価値を持った端末であり,発売以降の動向が大いに注目される。

 このように,新たな機能をもった端末と,その端末の特性を活かすコンテンツを提供しようという取り組みが始まっており,2010年は新たなコンテンツ市場形成に向けた動きがますます活性化する年になるという印象が非常に強い。

日本ではクラウド型コンテンツ配信サービスの動き

 一方,日本での最近の新サービスの動きに目を転じてみると,角川グループホールディングスとNTTが,新たなクラウド型コンテンツ配信サービスに関する事業提携を発表している。映像を中心として音声,テキスト,写真などを組み合わせたユニークなデジタル・ハイブリッド・コンテンツを,パソコンやモバイル端末,将来的にはテレビなどデバイスフリーで閲覧できる本格的なコンテンツ・サービスだ。

 2月10日に新会社の設立も発表しており,今後は「次世代サービス共創フォーラム」などを通じ,多彩なコンテンツ事業者に参画を促す予定で,オープンで対応しやすいサービス利用条件となるようだ。

 また,講談社や小学館,集英社など大手出版社21社が2010年2月に「日本電子書籍出版協会」を発足させるなど,電子書籍市場への対応は始まっている。

映像技術での注目は3D映画と3Dテレビ

 コンテンツに関しては配信方法だけではなく,コンテンツを制作する映像技術そのものに関しても変化が起こり始めている。特に注目すべきは3Dであろう。CESでも,パナソニックやソニー,韓国のLGエレクトロニクス,サムスン電子などが巨大な展示ブースを設置し,「3Dテレビ」を大々的にプロモーションしていた(図1)。また,ソニーなどが3D専門のTVネットワークの設立を発表するなど3Dコンテンツに関する動きもある。

図1●3Dテレビの市場規模予測
図1●3Dテレビの市場規模予測
先進国の30型以上でフルハイビジョン機種のみ(米ディスプレイサーチ調べ)。

 また,2009年は「3D映画元年」と言われる。ジェームズ・キャメロン監督の3D映画「アバター」の世界興行収入は,18億5500万ドル(約1670億円)に達し,「タイタニック」(1997年)を抜いて歴代1位の興行収入を獲得した。

 そのほかにも,米ピクサー・アニメーション・スタジオが制作したアニメ映画「カールじいさんの空飛ぶ家」も人気を博すなど,3Dの映画に対する消費者の関心は高く,臨場感あふれる3D映像を劇場さらには家庭でも楽しむ需要が高まるのではとの期待が膨らんでいる。こうした動きを起爆剤とし,日本での洋画人気復活への期待も高い。

写真2●提携した米ディレクTVとパナソニックは3D HDTVサービスを提供へ
写真2●提携した米ディレクTVとパナソニックは3D HDTVサービスを提供へ
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 また英国では,ラグビーの6カ国対抗戦の生放送を,2010年2月から40カ所の映画館で3D映像として配信する。この配信は,英国の携帯会社「O2(オー・ツー)」の協力で実現するもの。一般のファンが映画館の3D画面でスポーツの生放映を楽めるのは,欧州では初の試みである。また,米国のスポーツ専門チャンネル「ESPN」は,3Dでワールドカップなどのスポーツ中継をすると発表。衛星放送サービスを展開する米ディレクTVとパナソニックは,共同で米国初となる3D HDTVサービスを2011年初頭から開始する計画だ(写真2)。

 このように,様々なコンテンツ・プロバイダが3Dを利用したコンテンツ配信の計画を発表しており,3Dならではの臨場感や迫力のある番組を提供することで,映像に付加価値を付けようとする動きが米国をはじめとした世界各国で広がりつつある。

 日本でも,2010年4月からCATV最大手のジュピターテレコム(J:COM)がオンデマンド方式で3D映像を提供し,CS放送のスカパーJSATも今夏までに参入する方針を固めている。民放では,キー局がそれぞれ1チャンネルしか持たない地上波のテレビ放送を3D用に振り向けることは難しいため,3D映像は多チャンネル事業者がサービスの魅力を高めるためのポイントになっていくであろう。

求められるコンテンツ配信のオープン・プラットフォーム

 今後,コンテンツ・プロバイダは,それぞれのコンテンツに合った配信先や配信方法など,最適な組み合わせを考えることが必要になる。一方,消費者はそれぞれの好みや状況に合わせて,テレビ,パソコン,モバイルなど様々なデバイスを利用してコンテンツを視聴できるようになる。

 ただし端末を開発し,個々のコンテンツごとに個別の流通手段を作るのは,非効率でありコストも高い。同一のコンテンツを様々な端末に配信できるような,オープンな共通基盤に対するコンテンツ・ホルダーのニーズはますます高くなると考えられる。こういった観点から考えれば,NTTが前述のサービスでオープンなプラットフォームを各コンテンツ事業者へ提供することは,一つのモデルとして位置付けられるであろう。

 このように,映像の視聴方法や3Dに代表される映像技術の変化に関する動きは,技術の進歩とともに今後も加速していく。しかし,これらはあくまで手段だ。これらの視聴方法や映像技術をうまく利用したうえで,視聴者のニーズにマッチし,感動を与えるようなコンテンツを制作することは,コンテンツ・ビジネスの成長のキーとして今後よりその重要性を増していくだろう。


榊原 睦彦(さかきばら むつひこ)
情報通信総合研究所 研究員
関西学院大学を卒業後,1990年にNTT入社。データ・センターをプラットフォームとし,企業向けのサーバー・ベース・コンピューティング・システム構築やコール・センター構築・運用コンサルティング業務などを経て,2006年から現職。新サービスやクラウド・コンピューティング,ベンチャー企業に関する調査研究やコンサルティングを行っている。

  • 情報通信総合研究所は,情報通信専門シンクタンクとして情報通信を巡る諸問題について解決型の調査研究を中心に幅広く活動を展開しています。