有限責任監査法人トーマツ
エンタープライズリスクサービス部 パートナー
杉山 雅彦

 金融庁企業会計審議会は2009年6月30日、「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)」と呼ぶ文書を公表した。この文書により、日本における国際会計基準(IFRS)導入の方向性が固まったことは、ご存じの方も多いと思う。

 同文書によれば、すべての上場企業に対して強制適用するかどうかの決定は、2012年ころを予定している。また、ここでは強制適用の開始時期についても言及しており、2015年または2016年のいずれかということになっている。米国も同様に2011年に強制適用の可否を決定し、2014年から段階的に適用することを想定している。

 IFRSは日本の会計基準と様々な違いがあるだけでなく、経営そのものに対するインパクトも大きいとみられる。このため、企業は早めの対応が必須となる。すでに上場企業のうち数社は、IFRSの先行適用を前提に対応を進めているようだ。

 経営に対するインパクトの中でも範囲が大きく、かつ具体像が見えにくいのが業務プロセスあるいは内部統制に対する影響である。すでに上場企業は金融商品取引法に基づく内部統制報告制度、いわゆるJ-SOX(日本版SOX法)に対応した内部統制を構築・運用している。IFRSを適用した場合、この内部統制にどのような影響が及ぶのだろうか。その影響に対して、どのような対策を打てばよいのだろうか。

 こうしたIFRSが内部統制に与える影響と対応策を説明していくのが、本連載の目的である。当然、影響の範囲や大きさ、対応策の詳細は企業によって異なる。この連載では主要な業務プロセスごとに、多くの企業に共通するとみられる影響と対応策に関する全体像を伝えることを目標としていく。

 読者としては経理・財務担当者に加えて、内部統制や業務プロセスの整備・運用にかかわる担当者、情報システム担当者を想定している。IFRS導入プロジェクトは大規模になるため、初めに全体像を把握することが大切になる。本連載を、本格的にプロジェクトを始める前の、全体像の理解に役立てていただければ幸いである。

 執筆は、有限責任監査法人トーマツのエンタープライズリスクサービス部IFRSサービスチームのメンバーがリレー形式で担当する。今回は総論として、IFRSが経営に与えるインパクトの全体像を説明する。

「期首剰余金・期間損益」「業務プロセス・内部統制」「システム」に影響

 IFRSが経営に与える主要な影響として、以下の三つが挙げられる。

  1. 期首剰余金・期間損益への影響
  2. 業務プロセス・内部統制への影響
  3. 情報システムへの影響

 一つ目の期首剰余金・期間損益への影響は、経営に与える直接的なインパクトとしては最も大きい。IFRSへの移行初年度における期首剰余金、および移行後の期間損益が、これまでの日本基準に基づく金額と大きく異なる可能性が高い。

 加えて、これまでの当期純利益に加えて、包括利益といった新たな概念が導入される。アナリストを含む市場の評価も変わる可能性がある。また、社内における業績評価や予算制度を含む管理会計の仕組みも変更を余儀なくされるだろう。

 二つ目の業務プロセス・内部統制への影響が、本連載のテーマである。これについても、すべての企業に影響を与える。

 もしかすると、IFRSが業務プロセスおよび内部統制に影響を及ぼすと言われても、ピンと来にくいかもしれない。「IFRSはあくまで会計基準。会計仕訳に直接影響を与えるのは間違いない。しかし、業務プロセスや内部統制には直接関係しないのではないか」。こう考える方がいても不思議ではない。

 ここで「会計基準とは何か」に立ち戻ってみよう。会計基準とは、対象となる事象を会計的に測定し、評価し、開示するための基準である。会計基準が異なれば、従来から同一の事象であっても測定の方法が異なる。それだけでなく、評価や開示の方法も変わる。そもそも測定、評価、開示の作業自体、業務プロセスそのものである。

 IFRSの適用により、すべての業務プロセスが影響を受けるわけでない。多くは決算・財務報告プロセスに関係するところだろう。

 加えて、会計情報の測定および評価が現場に近いところで完結している場合、関連する業務プロセスの内容に直接影響を与えることになる。例えば、売上データの確認作業を経理部門ではなく、営業部門で確定している場合、営業部門の業務プロセスに直接影響が及ぶ。こうしたケースは少なくないとみられる。

 業務プロセスを変更するとなると、関連する内部統制に対する変更が必要となる。内部統制への直接的な影響は避けられないわけだ。J-SOX対応の担当者は、IFRSが内部統制に影響を与えることを十分に理解する必要がある。

 会計基準の変更は情報システムにも大きく影響する。それが三つ目の情報システムへの影響である。

 まず、業務プロセスおよび内部統制の変更に対応するために、情報システムを変更する必要がある。どれだけの変更が必要になるかは、IFRSが業務プロセスと内部統制に与える影響度合いによる。

 さらにIFRSの導入により、従来の日本基準では求められていなかった情報の開示が必要になる。情報システム側も、そのための変更が必要になる。必要な情報を収集・集計し、開示のための基礎情報を作成する仕組みを作らなければならない。

 その手間がどの程度になるかは企業によって異なる。Excelのような表計算ソフトを使えば対応できるかもしれないし、従来の情報システムを刷新する必要が生じるかもしれない。情報システム全体を新規導入したほうがよいケースもあるだろう。

3種類の業務プロセスを取り上げる

 次回からは、販売プロセス、購買・在庫管理プロセス、固定資産プロセスという3種類の業務プロセスを取り上げて、内部統制に与える影響と対応策を説明していくことにする()。

表●今後の連載予定
業務プロセス主なテーマ
2販売プロセス(1)・収益の認識基準
3販売プロセス(2)・複合契約(本体売上とサービス売上)
4購買・在庫管理プロセス・評価方法の統一
・原価計算への影響など
5固定資産プロセス(1)・コンポーネントアプローチ(会計単位)
6固定資産プロセス(2)・利息の原価算入
・研究開発費(範囲、処理)
・修繕引当金
・資産除去債務

 表はあくまで予定であり、内容は変更する可能性がある点を留意していただきたい。次回から2回で、販売プロセスを取り上げる。

杉山 雅彦(すぎやま まさひこ)
有限責任監査法人トーマツ
エンタープライズリスクサービス部 パートナー
IT企業を経たうえで1994年に監査法人トーマツ(現 有限責任監査法人トーマツ)に入社。会計監査業務に従事したのちに、システム監査部門に配属。2000年から2003年までデロイト トウシュ トーマツのオーストラリア・メルボルン事務所に駐在。帰国後に米国企業改革法対応、内部統制報告制度対応等に従事。ガバナンス、内部統制、内部監査、IFRS対応等のコンサルティングを担当。公認会計士、オーストラリア勅許会計士、公認内部監査人、公認情報システム監査人。