今日のテーマはエンジニアと営業担当者の違いです。まずは、エンジニアとしての将来を思い描く山田さんの様子を見ていきましょう。

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 僕は山田ひろしと言います。ある中堅システム会社に勤めるシステムエンジニアです。新卒でこの会社に入社して、3年になります。2年ほど前から製造業のお客様に常駐して、基幹システム改修の仕事をしています。

 ほとんどは詳細設計からコーディング・テストまでの実装に関わる仕事ですが、時々依頼される要件定義の仕事が少しずつ面白くなってきたところです。人と話すのはあまり得意ではありませんが、プロジェクトリーダーになるためには必須のスキルなので頑張らないといけないと思っています。

 「山田さん、ちょっと会議室に来てくれないか?」。ある日、営業部の五十嵐さんから電話がかかってきました。五十嵐さんは僕が常駐している会社の担当営業で、うちの会社では成績トップの敏腕営業担当者です。僕は五十嵐さんと仲が良いのですが、周りのエンジニアの同僚はいつも、「あいつ、うさんくさいよな」と言っています。まあ、正直なところ確かに少し口が達者すぎるとは思いますけど。

 10分後、会議室に行くと、開発部の課長の比留間さんと五十嵐さんが待っていました。比留間課長は僕の直属の上司です。設計書のレビューは必ず比留間課長にしてもらっていますが、すぐに僕の作った設計書の不備を指摘してくれます。怒られているわけではないのですが、「論理的におかしいよ、ここ」「お客さんの要望を誤解しているから、書き換えて」など、ズバズバ言われると、やっぱり落ち込んでしまいます。

 「山田さん、仕事の調子はどうだい?」と五十嵐さんが声をかけてきました。「最近ようやく楽しくなってきました」と答えると、「そうか、それは良かった」と言われました。妙に優しい。

 「山田さん、少し聞いてほしいんだ。山田さんが悪いわけじゃないんだが、3月に山田さんの契約が打ち切りになることが決まったんだ」。

 「え?打ち切りですか?もうお客様のところには行くなということですか?」。ショックでした。何か悪いことをしたのだろうか。

 「お客様の方針でね、経験の浅いエンジニアは全員返されることになってしまったんだ。次の仕事はすぐに用意するから、よろしく」。そう言って、五十嵐さんは出て行ってしまいました。

 「まあ、山田さんなら、次もすぐに決まるよ。今の仕事は引き継ぎをよろしく」などと比留間課長も慰めてくれますが、やっぱりへこみます。これからどうなるのだろう。

 導入部分を読まれて、皆様はどのように感じましたか。現在の市況ではこのような話は特に珍しい話ではないでしょう。

 今、システム開発という仕事は大きく変わろうとしています。クラウドコンピューティングの出現、OSの多様化、仮想化技術の進歩、オフショア開発の加速など、システム開発を取り巻く環境の変化は加速する一方です。また、コストの安い労働力が中国やインドで大量に調達可能になり、さらにリーマンショック後の不況が追い打ちをかけるように、システム会社の仕事を次々と奪っていきます。

 周りを見てみましょう、補助金をもらい、エンジニアを自宅待機させながら耐えているシステム会社が増えています。しかし、景気が回復するまで待てば元に戻る保証はありません。補助金の給付で延命していた会社が、給付の期間を過ぎてしまい倒産する可能性もあります。

 最近では、IT企業同士の合併や吸収も増えています。自社の規模では生き残れないと考えた企業が手を組み、余剰人員を整理して何とか生き残ろうとしているのです。給与水準の高い大企業ほど、この影響は大きいでしょう。コスト競争力もなく、大量に余剰人員を抱えた状態では、満足に戦うことも出来ません。従業員数千人の規模を持つシステム会社ですら、3年後はどうなっているのか想像もつかない状態です。

 従来のシステム開発において主役だったSIerやソフトハウスは、時代の変化に対応していくことが求められています。では具体的にどのよう変化が求められているのでしょう。その一つが「営業力」です。大規模な基幹システムの開発などの既存の事業が縮小する中で、新しい市場を開拓するにはその原動力となる営業力が確実に求められます。この状況で、打開策の一つとしてエンジニアを営業に転化させようという試みが多くの会社でなされています。余剰なエンジニアを営業担当者として育成し、新市場の出現に備えているのです。

 この連載では、「エンジニアを営業担当者に転化する」という目標を掲げている企業や個人に対して、その方法と事例を紹介していきます。エンジニアを営業担当者に転化することは簡単ではありません。すべての営業担当者とエンジニアに当てはまるわけではありませんが、極端に表現すれば営業担当者とエンジニアとでマインドに表1のような違いがあります。

表1●営業担当者とエンジニアの違い
営業担当者エンジニア
自己アピールができるので、自己アピールの出来ないヤツはダメだと思っている自己アピールは苦手だが、口だけの営業よりはましだと思っている
話がうまく、はったりやうそも方便だと思っている話が下手で、嘘がつけない。正直であることは美徳だと考えている
相手の立場を踏まえて、ときには言いたいことを控えなければいけないと思っている相手が誰であろうと、思ったことは正直にストレートに言わないといけないと思っている
感情を重んじる。論理的な人物をみると、つまらないやつだと考えてしまう論理を重んじる。非論理的な人物は出来ないやつであると考えている
言い方が大事であることを知っている回りくどい言い方は非効率だと思っている
利益を挙げることが第一であると思っている利益よりも品質を重んじることに美学を感じる
売り上げの数字が人格技術力が人格
空気を読むのが得意空気を読むのが苦手
技術を得る前に自分を売る自分を売る前に技術を売る

 この違いを克服するためには、下のステップが必要です。

まずは「営業の面白さをエンジニアに理解してもらうこと」。
次に「エンジニアのこだわりを捨ててもらうこと」。
そして「営業の練習を小さなところから始めること」。
最後に「実際に営業をしてみること」。

 この連載では、このステップを具体的に行うための方法と、その時に起こり得る状況を、冒頭のシステム会社の事例を用いながら、皆様に説明していきます。

安達 裕哉(あだち ゆうや)
トーマツイノベーション シニアマネージャ
筑波大学大学院環境科学研究科修了後、大手コンサルティング会社を経てトーマツ イノベーション株式会社に入社。現在、主としてIT業界を対象にプロジェクトマネジメント、人事・教育制度構築などのコンサルティングに従事する。そのほかにもCOBIT、ITサービスマネジメント、情報セキュリティにおいても専門領域を持ち、コンサルティングをはじめとして、企業内研修・セミナー活動を積極的に行う。