サービス・イノベーションとは、資源や能力の効率性を高め、サービスにまつわる価値創造に振り向けていくモデル化やプロセス革新である。今回は、お膝元のきょうと情報カードシステム(KICS-LLC)の事例を紹介しよう。伝統組織とIT(情報技術)インフラの織りなすKICSのサービス価値創造のシステムは、その構造が一種の曼荼羅のように美しい。どのようにすればサービスを持続・発展させていけるかについての示唆に富んだ事例である。

きょうと情報カードシステム(KICS-LLC)とは

 合同会社きょうと情報カードシステム(以下、KICSと略す)は、商店街加盟各店のカード決済手数料の削減を目的とする仲介運営組織としてスタートした。その仕掛けは、クレジットカード処理を独自の情報システムを用いて一括処理する点にある。

写真●KICS参加の京都の商店街
写真●KICS参加の京都の商店街
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 1992年の設立当初は、京都の8商店街、380店舗であった。現在では、京都市全域にわたり、36商店街組合をはじめ、約1300店舗が加入する日本最大の地域情報化推進団体へと発展している。京都のメーンストリートにある四条繁栄会、河原町、祇園商店街などに加盟する店舗の多くがKICSに加入しており、地域サービスの向上に貢献している。また、観光客の多くも、KICSの恩恵にあずかり、観光サービスのすそ野拡大にも一役買っている(KICSのホームページ http://www.kics-llc.co.jp/)。

 KICS設立時の状況を考えてみよう。確かに、小さな商店が個別にクレジットカード処理を導入することは、商店にとっても、また、クレジットカード会社にとっても、非効率である。各商店では、カード決済手数料の負担感は小さくなく、また、カード処理端末の設置・運用負担もある。一方、クレジットカード会社も、小規模店舗へのカードシステム導入の促進・運用に、相応の費用がかかっている。従って、規模の経済に着目した「クレジットカード一括処理事業」としてのKICSの価値は、一種の無駄を削減する意味では分かりやすい。

 しかし、このようなスケールメリットに基づく効率化のみでは、恐らく、継続的かつ安定的な運営は行えない。なぜならば、ITインフラは、技術革新の速度が速く、クレジットカード取引を一括処理する情報システムの運用においても、継続的な投資が必要であるからである。少々の店舗が集まった程度の合理化では、継続的なITインフラ投資に見合うはずはない。すなわち、インフラ投資に十分見合う店舗数に成長させ、持続的運用を行うためには、「何か効率化以外の仕組み」に対しても知恵を絞らねばならない。

KICSにおけるサービス・ビジネスモデルの創造

 では、KICSが今日、日本最大の地域情報化推進団体に成長した要因は何か?

 これは、開発した「クレジットカード一括処理事業」としてのITインフラとキャッシュフローを最大限に活用し、カード決済手数料の負担軽減という効率化だけでなく、種々の新しいサービス価値を実現してきた点にある。以下、具体的に実現されたユニークなサービスを概観しよう。

現金化期間の短縮(地元金融機関からのタイムリー融資):
 カード決済を行った商店は、販売後、実際に現金化されるまでに2週間から1カ月、ボーナス払いに至っては、数カ月の期間を要するとのことである。このようなキャッシュフローの問題を軽減するために、KICS本部が一時的に立て替えることで、クレジット売り上げが翌週には現金化される仕組みを実現している。これは、地元金融機関3行との当座貸越の融資契約により実現できたものである。送金手数料、融資金利について配慮がなされ、結果としてKICSから立替のタイムリー送金が可能となった。一方、加盟各店は主要取引口座として地元金融機関を選ぶことになるので,地元金融機関にもメリットがある仕組みなのである。

宅配便経費の合理化:
 ヤマト運輸と佐川急便と一括で契約し、KICSの加盟店舗に宅配荷物の集荷時に、情報を連動させて経費効率化を図っている。すなわち、運送全データは、各運送会社のセンターコンピュータからKICSのセンターに配信してもらい、一旦、全加盟店の送料の合計額をKICSが立て替えて、それぞれの運送会社に送金するのである。これによって運送会社の各個店への送料請求書作成・配布、集金、現金管理業務の必要がなくなり、結果としてKICSにおいては、大幅な送料の削減が実現できる。さらに、個別宅配便ごとの管理手数料を得られるだけでなく、発送した加盟店からの送料の回収は、クレジットカード一括処理時の加盟店へ送金の際に天引きし、自動化されている。

電車deエコ(鉄道会社との連携):
 非接触ICカードのPiTaPaを利用して阪急電鉄または京阪電車で京都に来訪、あるいは、SMART ICOCAなどを利用してJRで京都に来訪し、KICSの加盟店にて連携クレジットカードで買い物をする。すると、当日の運賃相当額をポイントで還元いたしますというサービスである。つまり、利用者は電車で京都に来て,買物をすれば運賃がただになる。しかも、利用者に対して、エコ推進の参加意識が得られるというものだ。また、公共性があるため、京都市や、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)、中小企業基盤整備機構などから補助金も得られ、サービスの継続的運用が可能となっている。

 そのほか、日本初のデビットカードシステム導入、インターネット通販サイトの自主運営、家庭でのCO2削減支援など、利用者にとって斬新かつ有用なサービスを次々と実現してきている。これらは、いわばサービスそのものを対象としたビジネスモデルの開発である。異なる当事者間の調整を行いつつ、また時には、国の規制に挑みつつ、継続的にKICSの価値を増してきた。その結果が、日本最大の地域情報化推進組織としてのKICSの今日の姿である。

両面市場・多面市場としてのKICS

 KICSにおけるサービス・ビジネスモデル創造についての理解を深めるために、経済・経営モデル的視点から言及してみよう。両面市場(two-sided market)、あるいは、一般化して多面市場(multi-sided market)という概念がある。これは、あるプラットフォームにおいて、2種類、あるいは、多種類の異なるユーザーグループが存在し、各グループの形成する価格体系の異なりが、全体の取引に影響を与えるようなビジネスモデルである。

 一例として、インターネット上のオークションシステムが挙げられる。これは、イーベイやヤフー・オークションといったプラットフォーム上で、売り手と買い手とのオークションによる商品流通を実現するシステムである。この時、売り手とプラットフォームとの価格取引(出品費、取引成約費)と、買い手とプラットフォームとの価格取引(無料、もしくは、会員費)との形態は異なっている。しかし、結果として、全体の取引が多くなるように調整されている。

 このような市場は、ネットワーク外部性(利用者が増えるほど、利用者当たりの便益が増加)を有する場合に多くみられ、例えば、テレビ視聴と広告、ソフトウエアやゲームの開発、クレジットカード利用などの場面にも適用できる概念である。

振り返って、KICSにもアナロジーとして適用してみると、KICSそのものは、両面市場・多面市場でいうプラットフォームに相当する。そして、KICS加盟店、コンピュータセンターを司る地元企業、カード会社、地域金融機関、地域運送会社、鉄道会社などは、各々異なったユーザーグループと見なすことができる。各ユーザーグループとKICSとの取引関係は、値段がつけられる財の価値だけでなく、加入者数や存在感という無形の価値も含めれば、何と何との取引なのかが明示できる。

 価値連鎖としてみれば、KICS加盟店同士は水平連携、その他外部との連携は垂直連携と、異なった連携の構成によりシステムが機能している。さらに、両面市場・多面市場の考え方を援用すれば、興味深いことに各々の取引が異なった状態になっているにもかかわらず、全体最適になるべく、各々が調和した取引(Win-Winの関係)を行っているとも解釈できる。