日本で使用するIPアドレスなどのインターネット資源を管理している日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)は,2010年中にもIPv4アドレスの事業者間の譲渡を認めるルール(移転ポリシー)を施行する予定である。早ければ2011年中にも世界的な割り当て在庫が枯渇すると予測されているIPv4アドレスの譲渡を認め,未利用のまま死蔵されている分配済みのアドレスの利用を促進するのが狙いの一つである。しかし,総務省の「IPv6によるインターネットの利用高度化に関する研究会」でJPNICが示した資料によると,譲渡によって利用がすすむ死蔵IPv4アドレスは,肯定的な推測でも世界で流通させた場合に0.9年分程度しかなく,IPv4アドレスの枯渇を延命する効果は限定的だという。

 JPNICで導入予定の移転ポリシーは,その上位機関で日本や中国,韓国などアジア太平洋地域のIPアドレスを管理する地域インターネットレジストリ(RIR)である「APNIC」で合意した移転ポリシーに準じている。この案では世界を五つの地域に分割してIPアドレスを管理しているRIRのうちAPNIC内での譲渡に限っており,これが枯渇時期の延命効果をさらに限定する要因になっている。インターネットが米国で開発され,発展してきたという歴史的経緯から,未使用のIPv4アドレスは北米地域に多くあると考えられている。JPNICはAPNICの傘下にあるため,現在のポリシーでは日本の事業者が北米地域を担当するRIRである「ARIN」が管理する未使用IPv4アドレスを活用することはできない。RIR間でIPv4アドレスの譲渡を可能にするポリシーの検討を求める声もあるが,ポリシーの検討に時間がかかり枯渇時の導入に間に合わない可能性があることと,北米地域を担当するARINがRIR間のアドレス譲渡に否定的であることから,実現性は低いと見られている。

 効果が限定的と見られるにもかかわらず,JPNICが移転ポリシーを施行するのはなぜか。一つは「IPv4アドレスの在庫枯渇後に,どうしてもIPv4アドレスが必要な場合の対応策の一つとして,枯渇前から運用を始めておくため」(JPNIC)という。IPv4アドレス在庫枯渇後の対策には,LSN(ラージ・スケール・ナット)やトランスレーターの導入など,グローバルなIPv4アドレスを消費せずに対応する技術的な方法がいくつかある。その一方でデータセンターがサーバーに付与するアドレスのように,どうしてもグローバルなIPv4アドレスが必要な用途もあり,事業者によって代替策の採用しやすさが異なる。代替策を採用しやすい事業者から採用しにくい事業者に譲渡を認めることで,全体的なビジネスの機会損失を減らすことが可能となる。

 また,日本のIPアドレスを管理する国別レジストリ(NIR)であるJPNICとしては,IPアドレスの闇取引を防止して,IPアドレスの割り振り先を管理するデータベース「WHOIS」の信頼性を保つことも重要だという。JPNICは,移転ポリシーを導入しない場合に,JPNICに無断でIPアドレスを融通し合う闇取引が発生することを懸念している。こうなると,WHOISで管理するIPアドレスの割り振り先と,実際の利用者が異なるケースが発生し,データベースの信頼性が大きく失われる。ポリシーの導入で譲渡を認めれば,JPNICへの申請に合わせてWHOISのデータも正しく更新され,信頼性は保たれる。

IPv4アドレスの投機的な取引には否定的

 JPNICは,現在上位レジストリのAPNICで合意を得た移転ポリシーに準じるポリシーの導入に向けて,作業を進めている。現在最終案に対する意見募集を実施しており,2010年1月8日の募集締め切り後,理事会の承認をもって2010年中には施行される見込みである。導入予定のポリシーでは,IPv4アドレスの譲渡に金銭が伴うかどうかについてJPNICは関知しない。JPNICはあくまでIPアドレスの登録を管理するだけで「譲渡元と譲渡先の事業者が合意していれば譲渡手続きを行う。相対取引やオークション,マーケットでの売買など,そのアドレスがどういう形で取引されたかは問わない」というスタンスである。ただし,IPv4アドレスの投機的な取引については否定的で,防止策として譲渡元と譲渡先はいずれもJPNICあるいはAPNICのアカウント保持者であることや,譲渡元は譲渡実施から12カ月間が経過するまで追加のIPv4アドレスの割り当てを受けられないなどの条件がポリシーに盛り込まれる予定である。