科学と技術における国家戦略を担う次世代スーパーコンピュータが迷走の末、予算が復活した。しかし、国策スパコンの意味を問う声は多い。事業仕分けで指摘された論点が十分に吟味されていないとの指摘もある。ITインフラストラクチャのリサーチを担当するガートナージャパンの亦賀忠明バイスプレジデント兼最上級アナリストは、ゲームチェンジを仕掛けられる国家戦略の必要性を訴える。(聞き手は島田 昇=日経コンピュータ)


敵もリスクもメリットも見えない

写真●ガートナージャパンの亦賀忠明バイスプレジデント兼最上級アナリスト
写真●ガートナージャパンの亦賀忠明バイスプレジデント兼最上級アナリスト

迷走する国策スパコンについてどう見るか。

 事業仕分けで事実上の凍結と判定されたことを考え、きちんと議論すべきだ。政府が予算の復活を示唆し始めた現時点(12月7日)では、国際的な観点から本質的な議論がなされているとは到底思えない。1200億円以上の国費を投下することは、短期的にも中長期的にも大きな意味をなさないと言わざるを得ないからだ。

 まず、1200億円は高すぎる。もっと国際的な標準価格を精査して予算を組むべきだ。国際標準を無視した製品や技術は、いまどき世界に受け入れられない。

 世界一の計算速度にこだわる目標設定もおかしい。ピーク時の計算速度ばかりがスパコンのすべてではない。ましてや、国策スパコンが目指すLINPACKと呼ばれるベンチマークテストで行われるスパコンの世界性能番付「トップ500」は、半年に1回変わるもの。4年に一度行われるオリンピックのような位置づけでとらえているようだが、そもそもそのようなものではないのだ。

 国策スパコンは国家戦略の一つなのだから、十二分に戦略を練って展開すべきだ。戦略には競争相手を想定し、競争することのリスクを踏まえ、競争に勝つことの価値と意義を明確にする必要性がある。しかし、国策スパコンが掲げる国際標準を無視した投資額と世界最高速という目標設定を考えると、戦略が欠如していると言わざるを得ない。今のままでは、日本は誰と戦っているのか、競争のリスクは何なのか、誰が豊かになるのか、メーカーの未来はどうなるのか---それらすべてが分からない。

市場原理無視の姿勢はありえない

どのような戦略が想定できるのか。

 重要なことは、技術の進化と市場の変化、自らの強みを分析した上で、戦略の軸をしっかりと持つことだ。戦略の軸がしっかりしていれば、既存の概念にとらわれず、理にかなった戦略を導くことができる。

 例えば、草分けの米クレイがプロセッサを自前からAMDの「Opteron」の採用に戦略を変えたのは、スパコンのすべてを自前で競う時代ではないと判断したためだ。時代は大きく変化しているので、いつまでも昔ながらのスパコン像にこだわらず、常に意識して価格性能比に優れた製品開発を柔軟に行うという戦略が伺える。

 自前でプロセッサを開発する米IBMは、スパコンの開発基盤をメインフレームやUNIXサーバーに活用する明確な戦略がある。メインフレームの世界市場でIBMが一人勝ちしていることなどを考えれば、非常に理にかなう考え方だ。これにより、さらなるハードウエアの差別化にもつなげられる。

 国策スパコンを開発する富士通も、クレイやIBMのような明確な戦略を示す必要がある。現時点では、富士通に戦略はないと言わざるを得ない。ただ、富士通もやればできるはずだ。
(※編集部注:富士通は12月21日時点で本誌の取材に対し、広報担当者は「開発中の次世代プロセッサも従来通りメインフレームなどへ活用することは当然考えられる」とコメントしている。)

 メーカーの戦略も大切だが、注目すべきは国家戦略である。一定のゲームルールの上での競争は市場原理にのっとってメーカーに任せればいいが、本来、国家戦略はゲームチェンジを仕掛けたり、別の視点からの競争を仕掛ける戦略が求められる。ましてや、スパコンおよび関連の主要技術や製品で日本は国際競争力に劣る点も多いのだから、このままでは現状のゲームルールの下、負ける可能性が極めて高い競争を行うことになってしまう。これでは国家戦略とは呼べない。

 ここで大きな問題となっているのは、国内メーカーのスパコン、あるいはHPC(高性能計算機)は大学の学者たちに牛耳られていることだ。一部の学者たちの需要に対応するだけでは、投資回収できるはずもない。いまどき、市場原理を無視した事業は成り立たないだろう。スパコンには、市場原理を伴って技術が進化するという循環が生まれづらいという問題があるのだ。