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国策スパコン、復活の意義を問う

「利用者視点の強い信念がなければ技術は育たない」

20万円スパコンを開発した伊藤智義氏はこう見る

2010/01/04 日経コンピュータ

 1989年。あるスーパーコンピュータが日本で開発されて話題を呼んだ。「GRAPE」と名付けられたこのスパコンの開発費は、わずか20万円だったからである。20年後の2009年。国家戦略で1200億円を投じて開発する次世代スパコンの是非が注目を集める中、3800万円で国内最速のスパコンが開発された。20年前にGRAPEを開発した千葉大学の伊藤智義教授は、こうした今のスパコン動向をどのように見つめているのだろうか。伊藤教授は「利用者視点の強い信念がなければ技術は育たない」と呼びかける。(聞き手は島田 昇=日経コンピュータ)


スパコンは「スーパー」ではなくなった

写真●千葉大学の伊藤智義教授
写真●千葉大学の伊藤智義教授

現時点(12月9日)で1200億円を投じて開発する国策スパコンの是非について、国民の注目が集まっている。

 まず、今あるコンピュータ全体を俯瞰したとき、スーパーコンピュータという名称はほぼなくなっていると認識した方がいい。先日、ある編集者が「スパコン対ゴルゴ13」という企画の相談にきたのだが、そのことを話したら非常にがっかりしてしまい、「悪いことをしてしまった」と思った記憶がある。世間では未だにスパコンがそのような特別なものであると認識している人も多いようだが、現実はそうではないのだ。

 スパコンが特別なものではなくなってきたのは、2000年ころを境にしている。それまで、スパコンはパソコンと比べて圧倒的に価格性能比が高かった。ところが、ここ10年で逆にパソコンの価格性能比の方がスパコンよりも圧倒的に高くなってしまった。基本的なアーキテクチャもパソコンとスパコンで大差はない。実際、最新のパソコンを使う一般的な利用者のほとんどがオーバースペックを感じていることだろう。ネットブックのような必要最低限のスペックに抑えたパソコンに人気が集まっていることは、その証左でもあると言える。

 従って、一部の研究者などが求める高性能な計算機はスパコンではなく、パソコンの処理能力をスケールアップしたHPC(高性能計算機)やPCクラスタと呼ぶべきであって、今のスパコンと呼ばれるHPCには当時のような特別なところはないのだ。

 国策スパコンについては、当事者ではなく、これといって直接かかわることがないので私がとやかく言う立場ではない。ただ、当初からプロジェクトに賛成する研究者は少なかったと聞いている。また、スパコンは本来、解決すべき何らかの目的があり、そのためにハードウエアを開発するという流れであるべきだ。しかし、国策スパコンは解決すべき目的が不明確であり、その目的が後になって話し合われていると、関係する研究者仲間たちは話している。

 それでも広い視点で見渡すと、専門家の間でも意見は分かれている。だが、目的が不明確なままハード優先でプロジェクトが進んでしまっているのであれば、一部で指摘されている「ITゼネコン」との批判が出るのも仕方がないことだろうと考える。

20万円スパコンが誕生した本当の理由

当時、なぜ20万円でスパコンを開発することができたのか。

 昔と今とではスパコンの開発背景が異なるし、国策スパコンが目指す汎用性の高いスパコンと当時の天文学分野に特化したGRAPEを単純比較するのも公平ではない。ただ、当時、わたしが所属していた天文学の研究チームがどうしても論文にまとめたい研究において、必要となる計算を処理できる計算機が存在しなかった。駆け出しの研究者だったわたしは、何とかして研究チームに貢献したいという思いで、全くの素人ながらGRAPEの開発に取り組み、20万円で「GRAPE-1」、その後も「GRAPE-2」、「GRAPE-2A」を開発することができた。成功を支えたのは、利用者に求められるものを作ろうとする熱意だった。

 研究において、研究者が夢や熱意を抱いて取り組むことは重要だ。研究者による新たな技術や法則の発見などの成果の先には、そこから生まれる製品やビジネスがあり、それを活用する利用者が存在する。すべての研究成果がすぐに分かりやすい形で利用者の目に触れるとは限らないが、それでもこうした利用者目線に立ち、強い信念を持って研究する姿勢が、ビジネスやライフスタイルを変えるイノベーションの最大の推進力になるとわたしは考える。少なくとも、わたしはそれが研究者としての醍醐味であると考え、だからこそわたしは研究者として生きる道を選んだ。

 活動資金は研究者にとって欠かせないが、利用者視点の強い信念がなければイノベーションの推進力になる技術は育たない。むしろ、資金がないときの方が、資金に頼ることなく、新たな発想やアイデアが生まれることも多いと割り切って考えることも必要だろう。その上で、活動資金のことを考えるべきだ。

 一方で、若い研究者に研究費が集まりづらいという現実もある。何の研究がイノベーションの推進力になる技術かは誰も分からないことなのだから、こうした若い研究者も育てる視点から必要最低限の資金を提供することは、別途、考える必要があるだろう。
(※編集部注:例えば、内閣府の科学技術政策である「最先端研究開発支援プログラム」は自民党政権下だった当初、2700億円の研究費が30人の研究者に分配される計画だった。民主党政権下に変わり、30人の研究者への分配は1000億円、若い研究者らに500億円が分配されることになった。)

「1から10を作る研究」と「0から1を作る研究」

長崎大学の濱田剛助教も市販のGPU(画像処理装置)を用いて3800万円で国内最速のスパコンを開発した。

 国策スパコンを批判するには非常にタイミングが良かったこともあり、マスコミがこぞって取り上げたが、公平な比較例であるとは思えない。GPUベースのスパコンと国策スパコンでは、利用範囲や使い勝手が全く異なるためだ。計算速度も違う。

 ただ、GPUを用いた計算機は、CPUよりも圧倒的に価格性能比が高いことから、ここ数年で注目を集めており、濱田氏らのチームによる功績も大きい。GPUとスパコンの問題を絡めて考える際には、もっと本質的で重要なことがある。それはスパコンが特別なものではなくなり、その名称がなくなりつつあるという中で、スパコンはスパコンであるために全く異なるアーキテクチャに革新を遂げることが求められているということだ。「GPUはそれを考える上での選択肢の一つになり得る」という視点こそが重要なのであって、GPUを含めてそうしたスパコンの新たなアーキテクチャをそろそろ本気で考えなくてはならない時期に差しかかっているということが、GPUとスパコンを考える上で本質的な論点なのだ。

 わたしはよく、「1から10を作る研究」と「0から1を作る研究」があるという表現をする。前者が既存の技術を洗練させてパフォーマンスを高めるための研究で、後者が全くのゼロから価値を生み出すための研究という意味で使っている。スパコンは今、前者の1から10を作る研究により米国と競争しているが、軍事目的という明確な目的がある米国は資金も人材も豊富なため、日本は劣勢になる可能性も考えられるだろう。日本の科学と技術の発展のために必要なことであることは分かるが、後者の0から1を作る研究も存在し、むしろ後者こそ求められていることを良く考え、適切な国費が投じられることを願っている。

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