情報システムの“ユーザー企業”にとって、情報システムをどう活用すれば競争力を強化できるのか。ITベンダーやシステム・インテグレーターなどの営業トークや提案内容を見極めるうえで何に留意するべきか。ITベンダーなどに何かを求める以前に、“ユーザー企業”が最低限考えなればいけないことは何か――。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、情報システムの“ユーザー企業”の経営者・担当者の視点から、効果的な情報化のための発想法を解説する。

 構造不況に陥っている“ユーザー企業”が情報システム導入・IT(情報技術)活用を考えるうえで必要な3つの切り口のうち前回(第7回)は「自らを再定義する戦略」について、コンビニエンスストア業界と新聞業界を例に挙げて説明しました。

生命保険会社が個人のキャッシュフロー分析を支援

 もう1つ、生命保険業界を例に挙げて、構造不況業種の「自らを再定義する戦略」について説明したいと思います。

 もし生命保険会社が自らを「生涯キャッシュフロー分析支援業」と再定義したらどうでしょうか。多くの日本人は、自分の退職金がいくらぐらいで、年金がいつからいくらぐらいもらえるのかを知りません。退職後の住宅ローン支払い額をその後の収入と比較しながら計算することもありません。さらに、子供がいた場合の子育て・教育費用を計算したり、両親の介護にいくら必要なのかを親の年金収入や資産・負債(借金)と比較しながら計算したりもしません。ましてや、自分が老いたときの介護にいくら必要になるのかを自分の収入や資産・負債と比較しながら計算した経験はないでしょう。

 計算をしない日本人の多くが、根拠もなく、将来に不安を感じているのです。

 子供が大学に通うと同時に、親の介護が必要になることがよくあります。だいたい50歳前後でしょうか。親にも子にもお金がかかり、両方に挟まれて大変な世代ということで、米国などでは「サンドイッチ世代」と呼ばれています。

 この世代になってようやく計算ができるようになります。子供にいくらかかり、親にいくらかかり、住宅ローンの残額がいくらで、自分の退職金や年金の額も試算できるようになります。

子供が成長し、親が老いてからではもう遅い

 しかし、この世代になってから計算できるようになっても、もはや何も変更できません。「都心の大学に通いおしゃれなマンションに住み、多額の仕送りを要求してくる娘」「病気や身体の衰えで介護サービスが必要になった親」などを変えることは不可能です。多額の費用をまかなうために自分ががんばって収入を上げようとしても、この年齢になってからでは決して容易ではありません。

 こうした費用と収入を勘案した「生涯キャッシュフロー」を計算することは、情報システムを活用すれば可能です。ただし、現に親が元気であれば、親の介護費用を試算することは心情的に難しく、介護保険制度を理解しようという気持ちにもなりにくいでしょう。生まれたばかりの子供を見ながら、家から通える国公立大学に通い自分でアルバイトする大学生になりそうか、都心の私立大学で遊びまくる大学生になりそうかは分かりませんし、考える気にもなれないでしょう。

 本人が考える気にならないなら、生涯キャッシュフローを冷静に眺めて、それにふさわしい保険商品をそろえている会社こそが支援してあげるべきです。ここに生命保険会社の使命があると「再定義」すれば、“ユーザー企業”として作るべき情報システムの姿も見えてきます。

 かつての生命保険会社は、顧客に対して、住宅ローンが残っているうちに万が一のことがあった場合に、残された家族がせめて路頭に迷わないようにする支援はやっていました。例えば、ローン返済というキャッシュアウトと保険金というキャッシュインを比較してあげるような支援です。

 昔なら、万が一のことがあった時点で、お金がなければ子供の進学をあきらめ、お年寄りは介護をあきらめたかもしれません。数十年前であれば許容されたこのような考えは、世界有数の豊かな社会を実現した今の日本では持ちにくいでしょう。

 こうした今の日本の生命保険会社であればこそ、高度経済成長期に時代の要請に応えた存在であったように、今は変革した姿で顧客の期待に応える道を探すべきだと私は考えます。子供や親の将来の状況などの複雑な条件・変数・確率を勘案した生涯キャッシュフローを計算・分析するのに、情報システムが大きな武器になるはずです。