投資対効果を計測する

 企業が投資をする際に、投資対効果を考慮したうえで投資の意思決定をするのは当然のことである。投資に対してどれだけの利益が還元されるかを吟味するのがROI(Return On Investment:投資利益率)であり、事業のフィージビリティー・スタディーにも使われる。情報の分野でも当然投資対効果は求められる。コストそのもののボリュームが問われて削減要請が強まっている昨今の経済環境ではなおさらのことである。

 従来、情報投資における投資対効果の評価にもROIの概念が適用されてきた。情報投資から直接的な影響利益を計測するのは困難であるが、人件費などの販売管理コストを削減できれば、純利益と同じことであるからコスト削減効果を計測している例が多い。

 コスト削減効果で計測しやすいのは人件費である。人力に頼っていた作業をシステム化し効率化して人件費を削減できれば直接的な削減効果になる。かつて大量の人員と時間を要していた給与計算や会計処理・決算処理などは、情報システム化によって飛躍的に効率が上がり、管理部門の人員削減に大いに寄与した。人員をかけても容易に処理できない解析計算などは、コンピュータの活用によって可能になっている。こういう分野でのROI的計測は比較的容易である。

 多くの企業がインターネット上に企業サイトを構築している。コンテンツ管理ツールを導入したり、ウェブデザイナーを起用したり、ログ管理からマーケティングを行ったり、運用のアウトソーシングをしたりして様々な活用をしている。この投資対効果をROI的計測で評価しようとすると容易ではない。

 パブリシティー(広告・広報)の効果がどれほどか? リクルーティングの効果がどれほどか? IR(Investor Relations:投資家向けの広報活動)による利益向上はどれほどか? どれをとっても数値化した評価は容易ではない。

 さらに社内のコミュニケーション改善のために、メールやグループウエアや社内SNS(ソーシャル・ネットワーキング・システム)やKMツール(知識管理ツール)などに投資しようとするとき、ROI的評価手法は無力に近い。そうなるとほかの投資対効果の計測手法を求めるようになる。KPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)で具体的な目標を決めて達成度を計測するとか、BSC(Balanced Score Card:目標管理的業績管理手法)の考え方を取り込んだりする。

 しかし、これらは業務の達成度を設定指標で評価するとか、企業の経営戦略に対して現状を総合的に評価するものであるから、情報投資の投資評価に適用するには無理がある。もともと情報システムそのものに戦略性があるようなものではなく、その設計の前提となる経営や事業、業務プロセスなどのデザインに戦略性があるため、情報システムの出来や利活用から生まれる投資対効果を計測することにはそぐわない。無理に適用すれば恣意的になり自己満足に陥りかねない。

ROIの適用には限界がある

 社内の情報投資案件審査では、ROIを問われることだろうと思う。またベンダーはパッケージやサービスを売る際にROIを問われることだろう。例えば、「経費精算システム」を開発するか、パッケージやサービスを購入する場合を考えてみる。

 経費精算はどの会社でも必要になる社内会計の処理プロセスである。システムがなければ決められた形式(Excel書式など)に立て替え払いで使った経費(交際費、交通費、会議費など)や出張に伴う事前申請の経費などを記入する。書類は決められた処理プロセスに従って決裁され、小払いから支払われるとか指定口座に振り込まれて完了する。

 システム導入に当たっては、経費精算の記入にかかる時間の短縮、処理プロセスでの時間の短縮、付随する業務の効率化など社員のアクティビティーを人件費換算して年間のコスト削減と投資費用の年間分と比較して費用を上回る人件費削減があるというような定量化評価をする。こういう類いは比較的分かりやすいし、合意も得やすい。

 ナレッジマネジメント・システムになるとどうだろう。情報を探す時間の短縮、情報を得たことによる顧客対応やプロセス処理の短縮などを計算して経費精算と同じように定量化するとする。

 仮定の条件がいろいろ入った数値は出せるかもしれないが、それが投資対効果を評価するうえでどれほど有意義であろうか? そのように算出された数値に経営者は納得するであろうか? ROI手法の適用に明らかに限界があることがわかるはずだ。限界を超えて適用しようとすれば数字を工作するようになる。実態としてそのようなケースは少なくない。ROIを欺瞞に使ってはいけない。