情報システムの“ユーザー企業”にとって、情報システムをどう活用すれば競争力を強化できるのか。ITベンダーやシステム・インテグレーターなどの営業トークや提案内容を見極めるうえで何に留意するべきか。ITベンダーなどに何かを求める以前に、“ユーザー企業”が最低限考えなればいけないことは何か――。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、情報システムの“ユーザー企業”の経営者・担当者の視点から、効果的な情報化のための発想法を解説する。

 前回(第5回)は、構造不況に陥っている“ユーザー企業”が情報システム導入・IT(情報技術)活用を考えるうえで必要な切り口として、「呉越同舟(ごえつどうしゅう)の資源共有化」について述べました。今回は第2の切り口「新たに育成すべき層」について説明します。なお、新聞業界や生命保険業界の例を引くことがありますが、ほかの「構造不況業種」に属する“ユーザー企業”にも当てはまるはずです。

古い価値観を変えるには事実の把握が必須

 かつて隆盛を誇った業態には、その隆盛を支えた組織・体制・文化・価値観などが血肉・遺伝子(DNA)として備わっており、新たな価値観は容易に浸透しません。隆盛を支え、古い価値観に染まりきった「従来の層」は特に変革に抵抗します。こうした人たちではなく、「新たに育成すべき層」を定義して、情報化を武器にした事業構造の在り方を模索する必要があります。

 新聞業界を例に挙げると、高度経済成長期には、社内で販売店の開拓を担当する部門が強力だったはずです。販売店を多数開拓すればそれだけ営業体制が強化されるわけですから、社内でも大きな力を持ちます。新聞社以外の構造不況業種の企業でも、販売部門や営業部門が伝統的に力を持つケースは少なくありません。

 しかし「洗剤がもらえるから新聞を取る」という時代がとうに過ぎ去った今、販売部門が考えるべき命題は様変わりしているはずです。これに対応できているのでしょうか。例えば、駅の売店は無数にありますが、それぞれに適切な部数が配送されているかどうかを、販売部門は情報システムなどによって把握しているのでしょうか。就職活動を始めた学生たちがどこでどれだけ新聞購読を始めたかを推測し、仮説を検証する方法は提供されているでしょうか。

 組織の価値観を変革し、新たな価値観を浸透させるには、まず事実の把握から始めるべきです。記者の取材活動では事実の把握と正確な報道に努めているはずの新聞社が、販売活動では情報システムなどが有効に機能しておらず、事実を把握できていない可能性すらあります。

 さらに視野を広げると、新聞社の中には、販売以外に編集や広告という部門があり、3大勢力を形成しています。記事やコラムなどを扱う編集部門、大きな収入源である新聞広告を獲得する広告部門、そして新聞の販売を担当する販売部門の3つは、いかなる新聞社においても巨大勢力のはずです。逆に、人事部門、総務部門、財務部門、情報システム部門などは、3大部門に対して相対的に力が弱いことが容易に想像できます。

 企業の成長期においては、ヒト・モノ・カネ・情報を扱う人事・総務・財務・情報システムなどの各スタッフ部門は、“現場”を下から支える行動様式が望ましいと思います。しかし、事業構造を変革しなければならないときには、スタッフ部門は現場を強い力でリードする役割を担うべきです。

 情報システムの観点で新聞社が考えるべき第1のポイントは事実を定点観測する仕組みの整備であり、第2のポイントはインターネットの普及など社会の変化への対応でしょう。事実の定点観測については、過去の価値観から新たな価値観への転換をうながすような事実の見方をすべきです。事実を冷静に把握することなしに、過去の価値観や、それによって確立された組織文化を変えることはできないのです。