クアルコムは1985年設立だが、私は87年に入社した。当時100人いた社員のうちたった1人のIT(情報技術)担当者で、プログラムを書いたり、表計算ソフトを作ったり、資材調達まですべてこなしていた。当社はそれまで他社から依頼を受けて契約ベースで研究開発をする企業だった。だが、89年に衛星によるトラック追跡システムを商用化したことがきっかけとなり、事業が急拡大した。

 その後、93年に「クアルコム・ビジネス・システム」という全社システムを構築し、99年にはCIO(最高情報責任者)に就任した。現在は社員数が1万5000人を超え、IT組織も社内外のスタッフを含めて約1500人になり、欧州やインド、中国、韓国にもスタッフを配置している。当社のビジネスとともに、IT組織も入社当時には想像もつかなかったほど成長した。

 IT組織の構造としては、私を筆頭に、データセンターやネットワークを管理する「ITオペレーショングループ」、アプリケーションと総務を担当する「アプリケーショングループ」の2つにバイスプレジデントを配し、ある程度まで権限委譲をしている。

 しかし、モバイル端末用の半導体を製造する部門「クアルコムCDMAテクノロジーズ(QCT)」にかかわるサプライチェーンやエンジニアリング・アプリケーション・ツールなどの技術面は、同部門が当社のコアビジネスであるため、私が「直轄」する体制を取っている。

25万ドル投資の決断が100倍の効果創出

ノーム・フェルドハイム氏
ノーム・フェルドハイム氏
「QUALity COMMunications(高品質の通信)=QUALCOMM(クアルコム)」を築き上げたいというグループが1985年、カリフォルニア州サンディエゴで設立。90年代後半からCDMA(符号分割多元接続)方式の携帯電話が普及し、携帯電話向け通信チップ最大手に飛躍した。

 IT組織をこんな構造にしたのは、「私が細心の注意を払うべき分野は、当社の収益が集中する分野にすべきだ」という哲学に基づく。

 もちろん、CIOとしてできるだけ幅広い業務に目を配る工夫も欠かせない。そのためにはIT組織のスタッフとのコミュニケーションが重要だ。ここで私が必要としているのは、「問題はありません」という報告ではなく、「例外あるいはトラブルにつながりそうだ」という情報だ。幸いにしてスタッフはそれを理解してくれており、不具合や異常があると初期の段階ですぐにメールを送ってくれる。そのお陰で、それがトラブルになるのか、なるならどう防ぐのか、といったことに、早い段階から私自身が取り組むことができる。

 このような組織構造やコミュニケーション体制を取る究極の目的は、社員や社外の顧客が、私たちが提供する技術やサービスに「満足しているかどうか」ということに尽きる。私たちIT組織が、正しい判断を下し、それをきちんと実行していれば、みんながハッピーになるはずだ。

 「ハッピーか否か」というのは、1つのソリューションが「何か変革を引き起こせるのか」「問題を解決できるのか」「コスト削減につながるのか」という意味だ。私は常にこれらを自問している。

 こうした従業員満足や顧客満足の一貫として、温暖化ガスの排出量を削減するためにコンピュータの仮想化を約5年前に始めた。現在では、1つのCPU(中央演算処理装置)でおよそ30の環境を走らせているほどだ。当社のデータセンターにあるコンピュータの総処理能力のうち約7割が仮想化しており、これは世界最高水準だと自負している。その結果、5年間で2500万ドルのハードウエア購入や光熱費関連コストを削減できた。今後もコスト削減効果は拡大していくだろう。

 しかし、言うは易しで、新しいことを始める時はその決断が大変だ。仮想化の事例では当初、温暖化ガスの排出を減らすプロジェクトを考えたIT組織内のチームが私のところへやってきて、初期投資を要請してきた。そこで私は、「25万ドルだけ出すが、その後は追加投資をしないので経費を何とかひねり出すように」と指示した。その後、プロジェクトチームから追加投資の要請は無かったが、高いレベルで仮想化を実現できた。私の目論見通りにできたのは、社員がビジネスに「革新」をもたらすことに常に努力しているからだ。そうでなければ、成功は難しかっただろう。

 私はもともと建築家を目指していたため、何か新しいものを創造することが好きだが、クアルコムのDNAである「革新」は、何かを創造するだけでなく、問題を解決していく動力にもなる。この点が22年間もクアルコムで働き続け、引きつけられている理由だと思う。

ノーム・フェルドハイム氏
米クアルコム上級副社長 兼 CIO
米ユニシスなどを経て、1987年に米クアルコムにシニア・システム・マネジャーとして入社。同社のビジネスシステムを構築し、99年から現職。趣味はCG(コンピュータ・グラフィックス)を使って絵を描くこと