米マイクロソフトは、コンピュータサイエンスの基礎研究や応用研究に力を入れるための研究開発機能として、マイクロソフトリサーチを抱える。米国、インド、中国、英国など世界6カ国に拠点を持つグローバルな組織だ。米本社のテクニカルフェローで、マイクロソフトリサーチのアドバイザーであるバトラー・ランプソン氏に、ITが社会で果たす役割について聞いた。同氏は、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の特任教授も務める。(聞き手は福田 崇男=日経コンピュータ)

ITを社会に生かすといっても、医療や交通、環境対策など幅広い。マイクロソフトリサーチはどこに焦点を当てているのか。

 各拠点ごとに、各国の状況に合わせているため、拠点ごとに対象はかなり異なっている。例えばインドのマイクロソフトリサーチは、米カリフォルニア大学バークレイ校と共同で、目の疾患の治療をより多くの人が受けられるようにするためのプロジェクトを進めている。

 これは、遠隔治療を試みるもので、無線LAN通信技術を使い、地域の診療所を結ぼうとしている。診療所には安価なPCとWebカメラを置き、遠隔地から医師が診断する。現地にしっかりとトレーニングを受けた医師がいなくても、看護婦がいればよい。

 患者が支払う診療費も少額ですむ。プロジェクトは大変に成功していて、すでに数百万人の目を治療した。

社会貢献型プロジェクトの成功条件は何か。

 インドの例でいれば、関わったメンバーが現地の状況をよく分かっていたことが成功の理由だ。この種のプロジェクトでは、高機能な機器を持ち込みながら運用を現地に任せ切りにするというケースがある。そうした方ではうまくいかないことが多い。

 「OLPC(One Laptop Per Child)」を知っているだろうか。開発途上国の貧しい地域に、PCを配布する試みだ。だが、これはうまくいかなかった例になってしまった。PCを配布するのはよいが、使い方を教えたり、故障した際に対応したりという点では不十分だったため、大きな効果が得られなかった。

 インドにおけるマイクロソフトリサーチのもう一つの成功例に、学校でのPC活用がある。地方の村では予算が少ないためPCを1台しか購入できない。そこで1台のPCを10個のマウスで操作できる技術を開発し、提供した。大勢の生徒がPCを同時に操作し、コミュニケーションを図れるようになった。

日本の少子高齢化問題のように、先進国は多くの社会問題を抱えている。その解決にITはどのような役目を果たせるか。

 少子高齢化は日本に限った問題ではない。そこでITが果たす役割としては、二つほど考えられるのではないか。

 一つは、センサーとコンピュータを使って健康状態やリスクを管理する仕組みだ。血圧や尿酸値などを計測し、定期的にレポートする。問題があれば担当医にアラートを送信するといったことは可能だろう。英国ケンブリッジにあるマイクロソフトリサーチでは、認知症の患者に小型のカメラを首から下げるように持たせることで、その患者の周囲の様子を常に撮影し、患者の状況を把握するのに役立てている。

 もう一つは、ロボット工学の分野だ。高齢者が自分だけで生活できるようにする。まだ課題も多いが成功するのではないか。日本ではこの分野の研究・開発は非常に進んでいると見ている。