以前このコラムの記事で,エジプトの携帯電話事業者オラスコム・テレコムが北朝鮮の朝鮮逓信会社と合弁でチェオ・テクノロジーを設立し,2008年12月15日に北朝鮮で第3世代携帯電話(3G)サービス「koryolink(コリョリンク)」を開始したことを報告した。開始から半年以上が経過した北朝鮮の携帯電話事情を紹介する。

(日経コミュニケーション編集部)


松本 祐一/情報通信総合研究所 研究員

 2009年5月22日に公開した記事では,一般市民への携帯電話開放が北朝鮮の携帯電話事業の成功へのカギの一つと指摘した。複数のメディアが報じているところによると,経済的に購入可能かどうかは別として,既に一般市民の携帯電話購入は認められているという。しかしその一方で,国家の機密情報を持つ政府高官の利用は禁じられているもようだ。

 情報統制が国家体制維持の要である北朝鮮で,このように一般市民へ携帯電話が開放されたことの背景には,「盗聴」があると見られている。韓国や日本のメディアは,消息筋の情報としてkoryolinkの通話は盗聴可能な仕様になっていると伝えた。これが事実とすれば,所有者の通話内容は当局に筒抜けであり,反国家的発言が検出された場合,当局が直ちに検挙などの行動を起こせるよう盗聴システムが整備されたものと推測される。

6月末の加入者数は約4万8000

 オラスコム・テレコムは2009年8月25日,2009年上半期の決算レポートを公表した。同レポートでは,開始から約半年が経過した6月末時点のkoryolinkの加入者数を4万7863と報告している(図1)。人口普及率に換算するとわずか0.2%ほどだが,かつて2002年に北朝鮮でGSM方式のサービスが始まった際の1年後の加入者数は約2万であり,それに比べて既に約2.4倍もの加入者を獲得している。予想を上回るペースと言えるだろう。

図1●koryolinkの加入者数推移(単位:加入)
図1●koryolinkの加入者数推移(単位:加入)
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 北朝鮮民主化ネットワークのNGO活動家たちが作る北朝鮮専門インターネット・ニュース「The Daily NK」(8月17日付)は,平壌の消息筋が「平壌市民の約30%が携帯電話を使っているもよう」と説明したとしている。平壌市の人口が約300万であるため,これはかなり誇張された表現と推測されるが,こうした報道からは,平壌市内では携帯電話を持ち歩く人々の光景が目立ちつつあることがうかがえる。

 koryolinkは現在,114の基地局と一つの交換局を設置しており,平壌とその周辺エリア限定で携帯電話サービスを提供している。koryolinkは全国規模でのサービス展開の早期実現を目指しており,各地でネットワーク建設を推し進めている。またオラスコム・テレコムは,HSPA(high speed packet access)による3.5Gのモバイル・ブロードバンド・サービスも計画しているとしている。

モバイル・インターネットも開始

 koryolinkが提供する携帯電話サービスはこれまで,音声とSMS(short message service)だけだったが,今年5月にモバイル向けサイトが開設され,限定的にモバイル・インターネット・サービスが開始された。このサイトは,北朝鮮のパソコン向けWebサイト「黎明(リョミョン)」のモバイル版である。

 モバイル版サイトは,フィンランドのノキアや韓国のサムスン電子など8ベンダー製で閲覧できるとしながらも,WAP(wireless application protocol)対応端末であればベンダーを問わず閲覧できるとしている。またモバイル版サイトは,世界各国からアクセス可能となっている。このため北朝鮮は今後,世界に点在する同胞向けのリアル・タイムの情報提供や世界向けのプロパガンダの手段として,積極的に活用していくと思われる。なお,黎明はモバイル版サイトのさらなる充実を図り,着メロなど多彩なサービスを展開していくとの声明を出している。

用意された料金プランは3種類

 北朝鮮の携帯電話販売店は現在,平壌市内の2カ所に設置されている。三つの郵便局内にもプリペイド・カードを取り扱う店舗がオープンしており,さらにはコール・センターも開設済みとしている。また,広告産業が未熟な同国では珍しく,ラジオや新聞,屋外広告などで広告宣伝活動が積極的に展開されているとのことだ。

 朝鮮新報(4月3日付)によれば,koryolinkはプリペイド式で,ユーザーはプリペイド・カードを購入して利用する。カードは850ウォン(北朝鮮ウォン,以下同),1700ウォン,2500ウォンの3種類。Network World(6月29日付)によると,850ウォンのカードの場合,通話料は1分10.2ウォンという。オラスコム・テレコムは加入者増を図るため,今年第2四半期に初の無料SMSを導入し,無料通話分数の増量と通話料値下げも実施したと発表している。