文:安達 和夫(リサーチネットワーク 代表取締役研究員/東アジア国際ビジネス支援センター〔EABuS〕 事務局長)

 11月30日付の朝日新聞に「電子申請、19府県で休止・縮小 財政難が背景に」という記事が掲載された。これに先立つ11月3日付では 「国の電子申請、利用率10%未満が3割 運用コスト高」という記事も掲載されている。電子申請の利用率が伸び悩んでいる傾向は以前から指摘されており、これまでオンライン利用拡大計画など各種の方策が進められてきている。後者の記事の主張は、利用率が低迷している結果、1件当たりの運用コストが膨大になっており、電子申請そのものの廃止を含めた見直しが必要であると述べられている。

 この指摘は誰が見ても正しく説得性の強いものであるが、筆者は電子申請システムの運用コストのみをとらえて行政の大きな無駄の一つとして電子申請の廃止を含めた見直し論が先行することに強い危機感を覚える。

 確かに現行の電子申請の利用率が極端に低いことは大きな問題であるが、その定量的評価は、電子化によるコストの増分に対する電子化以前の手続きに要していたコストとの比較で行われるべきである。ここでいうコストとは、利用者が手続きに要する時間や費用および行政側の人件費を含めた事務処理コストであり、いわば社会的コストとでも呼ぶべきものである。

 そこで、このような視点で電子申請のポテンシャルについて、多少乱暴な試算を行ってみた。

 総務省が今年8月に発表した「平成20年度における行政手続きオンライン化等の状況」によると、平成20年の申請・届出等の手続きは1万4327件あり、このうちオンライン利用促進対象手続きが157手続き、その申請件数は年間4億5400万件ある。

 この4億5400万件を仮に電子を使わない申請にした場合、それに要するコストを単純化してザックリと考察してみると以下のように考えられる。

申請件数4億5400万件
(A)申請書作成時間(1申請書当たり2時間と仮定)9億800万時間
(B)申請に伴う時間(1申請当たり1時間と仮定)4億5400万時間
(C)審査・受理に伴う時間(1申請当たり2時間と仮定)9億800万時間
(D)申請内容登録に伴う時間(1申請当たり0.5時間と仮定)2億2700万時間
時間合計(A~Dの合計)24億9700万時間
人件費(1時間4000円と仮定)9兆9880億円

 この試算では窓口による申請に伴う社会的コストは、官民で10兆円近いことになる。

 これに対して、オンライン化した際の申請に伴う社会的コストはどのように変わるのだろう。

(1)申請件数

 多くの申請では、さまざまな関連書類の添付が求められる。これら添付書類には、他の行政機関から書類を入手した上で、それを添付書類として申請窓口に提示するケースが多い。これらの書類は、行政機関の間で情報が連携されていれば提出することが不要になる。すなわち、行政機関同士が電子化により情報が連携されていれば、添付書類を入手するための申請は必要ないことになる。

 こうした行政間の情報連携によって手続きが不要になった好例として、公的年金受給対象者に毎年求められてきた「年金受給者現況届」が挙げられる。従来は毎年誕生月に葉書による現況確認が行われてきたが、住民基本台帳ネットワークを活用することで行政内部において現況確認が可能になり、平成18年10月より届出自体が廃止された。

 このように、電子化文書を行政間で連携させることで、申請自体を減少させる、もしくは添付書類を減少させ申請を簡便化することは十分可能である。

(2)申請書作成時間

 法人が行う手続きについては、多くの事業者はその基幹業務についてはすでに電算化がなされ、申請に必要なデータはソフトさえ完備すれば自動的に申請書に取り込むことができる。個人についても、パソコン保有率が内閣府の調査では2009年末で73.2%、インターネット普及率も総務省の調査では2008年末で91.1%と大多数の家庭に普及しており、簡便な申請画面を提供することで、紙の書類に申請内容を記載するのに比べて時間短縮が期待できる。

(3)申請に伴う時間

 これは、オンライン化効果が最も顕著に表れる時間である。窓口までの往復に要する時間や、行政担当官との面接に要する時間が短縮できることが期待できる。また、手続きに求められる添付書類についても電子認証等による省略やワンストップ化による入手時間の短縮等が可能になる。仮に申請内容に不備があった場合でも、メールその他の方法で不備を指摘し再提出を求めることが可能である。申請書の再提出に当たっても、すでに提出した申請書は電子化されているので、不備の部分を修正するだけで済ますことが可能である。

(4)審査・受理に要する時間

 これは行政側が要する時間である。これは申請の種類によって大きく異なるが、電子申請システムに連動したワークフロー管理システムなどによる審査、決裁処理の時間短縮や審査に当たる職員数の削減が可能になる。

(5)申請内容の登録

 電子申請システムおよび審査のためのワークフロー管理システムと当該手続きの業務システムを連動することにより、申請内容の業務システムへ再度インプットすることは必要がない。