私は、以前の記事にも書かせていただいたが、サービスを対人サービスや第3次産業に限定して議論するのではなく、製造業のものづくりも含めて、全産業をサービスというフィルターでとらえなおそうという立場だ。サービス・イノベーションとは、有限な資源を、効率的に運用させ、差異化できる余剰資源を、価値創造に振り向けるというモデル化やプロセス革新なのである。

 効率化は、短期的な成果の追求につながるので、目的化されやすい。しかし、本質は、いかに持続・発展的な、価値創造につなげていくかまで含めた全体最適化である。今回は、韓国での取り組み事例について紹介し、日本のサービス・イノベーションについても言及してみよう。

韓国・インチョン空港の価値を知る

 今年10月中旬にUCバークレー校(米国サンフランシスコ近郊)での会議参加と、韓国ソウル特別市内の成均館大学でのシンポジウム講演との日程が近接し、旅程調整に苦慮していた。米国から日本へは、すべて昼間のフライトしかなく、日本経由では、両方に出席することはできない。諦めかけていると、想定外のルートがあった。米国ロサンゼルス経由で直接韓国に行けば、夜間のフライトがあり、翌朝からのシンポジウムに参加できるのだ。ただし、暦のうえでは、木曜夜にサンフランシスコを出発し、土曜早朝に韓国に到着するという3日がかりの飛行なのだが。

 私は、以前の仕事で、米国と日本とをたびたび往復していたが、アジア方面に戻るフライトで、レッドアイ(夜行便)を利用するのは、初めてのことであった。長い夜中を移動している感じなのだが、思ったよりも移動が楽である。到着したインチョン空港は、ひんやりした中にも、人やものの移動が感じられる賑やかさがあり、米国のデンバー空港のような印象を受けた。

 今回は、はからずも24時間対応空港のサービス恩恵にあずかったが、インチョン空港は、ハブ空港としての待ち時間の短縮化や、韓国伝統文化を伝える施設による待ち時間の快適化など、サービス・イノベーションとして参考になる事例も豊富だ。現在、日本の航空・運輸サービスのあり方が議論されているが、過度に自国や国内地域間問題として意識され過ぎると、本質を見誤りかねない。

 成田空港や羽田空港、関西空港なども、インチョン空港やほかのアジアの空港と連動して、共存共栄を図るべきであろう。ちょうど、ロサンゼルス空港やサンフランシスコ空港、デンバー空港などとの関係みたいにならないものであろうか。

デザイン・ソウル・プロジェクト

 さて、本題の韓国におけるサービス・イノベーションの取り組み事例について紹介しよう。注目は、デザイン・ソウル・プロジェクトだ。ソウル特別市自体が都市・公共サービスの付加価値創造を戦略的に推進し、関連する企業群との密な連携を進めている。いわば、韓国版産官学サービス・イノベーション活動だ。

 ソウル特別市は、2007年の国際産業デザイン団体協議会(ICSID)の世界大会で、第1回世界デザイン首都に選定された。これは、2010年の1年間、ソウル特別市を世界デザイン首都として位置づけ、モデル都市としての種々の活動を推進するものだ。

 21世紀においては、無形資産としてのデザインが、都市の競争力を高める要素として一層重要となり、国と都市発展や企業のイノベーションにも影響を与える。機能を売る時代から、感性や経験を売る時代へと早いスピードで変化してきている。現ソウル特別市長のオ・セフン(呉世勲)氏は、やり手のようだ。このようなデザインを含むサービス経済の変化をいち早く認識し、デザイン・ソウル・プロジェクトとして活動を具現化している。

 デザイン・ソウル・プロジェクトに関する詳細は、「デザインハブ都市として生まれ変わる『ソウル』」(http://koreana.kf.or.kr/pdf_file/2008/2008_AUTUMN_J032.pdf)などの資料を参照されたい。都市ブランドイメージという点では、ソウルは、傑出しているわけではない。むしろ、世界都市の動きに比べると、都市デザイン分野に対する認識や政策基盤は弱く、行政的支援にも相当な格差があった。この格差を解消すべく、デザイン・ソウル・プロジェクトは、ソウルを「品格があり魅力のある都市」としてアピールするために企画された。

写真1●ソウル代表色のある建造物
写真1●ソウル代表色のある建造物
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 そして、その推進機構として、ソウル特別市長直轄の「デザイン・ソウル統括本部」が組織化されたのだ。デザイン・ソウル統括本部では、建築物や住宅の外観などの都市景観管理、文化都市としての情報発信、建築物に対する美的業務など、都市デザイン分野全般を統括や調整を行っている。また、デザインガイドラインを制定し、デザインに関するカイゼン活動や、 WDC(World Design Capital) 指定誘致支援などを実施している。

 デザイン・ソウル統括本部の本部長は、ソウル特別市のCDO(Chief Design Officer)として、ソウルのデザイン全般に関する総括を行っている。現在、韓国科学技術院(KAIST)のKyung-won Chung教授が就任しているが、米ビジネスウィーク誌のインタビューの中で、”Designomics”というキーワードで、ソウル特別市や韓国の戦略を述べている。Designomicsとは、designとeconomicsとを合成した造語であるが、デザインの経済的価値をより重要視したソウルの新しいキャッチフレーズになっている。

 Designomicsは、デザイン思考に基づく顧客サービス価値の向上を念頭においている。具体的な活動を推進するために、ソウル特別市は、中小デザイン関連企業がサービスを提供するためのインフラ基盤構築に際し、今後3年間に約100億円の予算を投入するとアナウンスしている。また、韓国知識経済部(日本の経済産業省に相当)も、戦略的にデザイン・ソウル・プロジェクトの活動を後押ししている。