エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知

 2009年10月初め,米国サンディエゴで開催された無線関連の総合展示会「International CTIA WIRELESS I.T. & Entertainment」(CTIA-IT)では,FCC(連邦通信委員会)の新しい委員長,ジュリアス・ジェナコウスキー氏や,通信事業者の幹部が基調講演に登壇した。

「業界寄り」に軟化したFCC

 例年はコンテンツやアプリなどの話題が中心だったが,今回は久しぶりに周波数とインフラの議論が戦わされた。ジェナコウスキー氏は,「無線ブロードバンド時代に向け,追加周波数をもっと用意する」と言明。「固定と無線は別」,「基地局建設を早めるよう支援する」といった主張と相まって,携帯業界の関係者である聴衆から大きな拍手がわいた。

 一方,米AT&T携帯部門トップのラルフ・デ・ラ・ベガ氏は,「最近のデータ利用の増加により,ネットワークの帯域が圧迫されている」と述べる一方,「当社は不況にもかかわらず,サービス品質維持のために巨額のインフラ投資を続けている」と,自社戦略の妥当性を主張した。

 このやり取りには,いくつも興味深い点がある。まず,政治的駆け引きという角度で見ると,この少し前,FCCは「ネット中立性支持」を打ち出し,「ネット業界寄り,アンチ通信事業者」の姿勢を見せていた。しかし,こうしたオバマ政権の立場に対し,通信事業者陣営がけん制に成功,それがFCC委員長の「業界寄り」の言葉に表れたと推測できる。

 この背景には,「不況対策の一環としてのブロードバンド建設推進」という,オバマ政権のもう一つの政治課題がある。そのために必要な巨額の投資は,結局は通信事業者が出すしかない。その意味では,FCCも必要以上に強硬姿勢は取れないのである。

トラフィック需給の転換点に到達

 もう一つ,トラフィック需給の点から見ると,AT&Tの言う「需給逼迫(ひっぱく)」は重要だ。

 iPhoneユーザーのデータ転送量が多いために,AT&Tは無線ネットワーク容量が不足し,トラフィックをWi-Fiなどに追い出すのに必死であることは,だいぶ前から知られている。今回の基調講演では,逼迫しているのは無線部分だけでなく,固定ブロードバンドの影響で固定幹線網も行き詰まっていることが示された。

 YouTubeなどの動画配信や,P2Pによる動画ファイル交換のトラフィックは,引き続きネットの帯域を圧迫している。これまで,ネット・バブル時からの過剰設備のおかげで,動画トラフィックの爆発も吸収できてきたが,この需給バランスがそろそろ転換点に到達しつつある。

 世界の通信業界において,トラフィック需要と設備供給のバランスは,ほぼ10年周期で循環している。来年の2010年は,「ネットバブル崩壊」からちょうど10年に当たる。そろそろ大きな転換点がやってくるかもしれない。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO
 NTTと米国の携帯電話ベンチャNextWaveを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングを行っている。シリコン・バレー在住。
 遅ればせながら,最近iPhoneを入手した。BlackBerryと両方を実際に使って比較してみると,それぞれに一長一短がある。「iPhoneはアプリを使いこなす理系向け,BlackBerryはテキスト中心の文系向け」と言えそうだ。