情報システムの“ユーザー企業”にとって、情報システムをどう活用すれば競争力を強化できるのか。ITベンダーやシステム・インテグレーターなどの営業トークや提案内容を見極めるうえで何に留意するべきか。ITベンダーなどに何かを求める以前に、“ユーザー企業”が最低限考えなればいけないことは何か――。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務め急成長を支えた著者が、情報システムの“ユーザー企業”の経営者・担当者の視点から、効果的な情報化のための発想法を解説する。

 前回(第4回)は、国内市場の縮小に対する備えが遅れて「構造不況」に陥っている“ユーザー企業”が、情報システム導入や情報化について何を発想するべきかという3つの切り口を提示しました。また、こうした“ユーザー企業”の典型例として、新聞業界と生命保険業界を挙げました。以下で、新聞業界や生命保険業界の例を引くことがありますがほかの「構造不況業種」にもほぼ当てはまるはずです。

情報化には“競争と協調”が必須の時代に

 第1の切り口として、「呉越同舟(ごえつどうしゅう)の資源共有化」について述べます。

 孫子の兵法に出てくる有名な四字熟語の呉越同舟とは、中国大陸で長期にわたって戦争を続けていた呉と越の人がたまたま同じ舟に乗り合わせて嵐を迎えたとしたら、どんなに仲が悪くても力を合わせて舟が転覆するのを防ぐだろうというものです。孫子は「死地にあれば力を合わせる」といった表現をしています。

 「構造不況」に陥っている企業もかつては隆盛を誇り、各社がライバルと派手に競い合っていました。ですが、今や同じように事業構造の変革を迫られ、少し大げさに言えば、死地を迎えているもの同士です。もちろん競争するべきところは各社が個性を発揮して徹底的に争うべきですが、一方で、協力すべき部分もあるのです。

 その代表例が情報システムの共有化、共用化、共同化でしょう。ところが、かつて隆盛を誇った業種であればあるほど、協力して同じ情報システムを使うといった行動様式が取れないのです。

景気が良いうちは、伝票や書式で差を出そうとする

 過去の歴史上の具体的な事例で見てみましょう。今から30年ほど前のことですが、小売チェーン業界は数多くの卸売業各社との間で交わす納品伝票様式(フォーマット)を統一しようと考えました。そしてチェーンストア協会が統一伝票という様式を定めました。ところが、当時の小売チェーン大手5社(当時のイトーヨーカ堂、ジャスコ、西友ストアー、ダイエー、ニチイ)はいずれも統一伝票を採用せず、各社独自の様式を使い続けました。一見するとどれもそっくりな伝票です。そもそも協会は大手5社が中心となって運営していた組織なので、理解に苦しむ各社の判断でした。

 伝票の統一は、1970年代までの高度経済成長期に各社が隆盛を誇った後、2回のオイルショックを経験して業界をあげて標準化を進めようという問題意識で始めたことです。ところが、大手5社は標準化に乗る決断ができなかったのです。これが直接の要因ではないでしょうが、この5社の中にはその後経営に行き詰まったところもあります。

 もう1つの事例は、20年前の金融機関の話です。当時の監督官庁であった大蔵省が各金融機関に指導目的で報告を求める際、定型書式というものがあり、大蔵省が出す通達と呼ばれるものでその書式を具体的かつ詳細に定めていました。

 たまたま私自身がそのころ各金融機関を相手に、報告書式を作成する情報システムの設計を担当していましたが、同じソフトウエアでよいはずの書式作成機能について、各社は極めて細かいところで通達の範囲内でありつつも個性を出そうとするのです。報告書の提出を受ける大蔵省は1つですから、同じ書式で作ってもらったほうが効率的であることは言うまでもありません。