先日、日本シリーズのテレビ中継で読売ジャイアンツと北海道日本ハムファイターズの熱い戦いが繰り広げられていた。劇的な試合と同じくらい、大勢のファンの熱い声援が私の心に残った。しかし、ある疑問がふと頭をよぎる。

 「日本ハムのファンって、こんなにいたの?」。10年以上前、日本ハムの試合を見に行ったとき、スタジアムの観客が驚くほど少なかった記憶がある。聞けば日本ハムだけではなく、いくつかの球団が新しいサービスを創出し、観客動員を劇的に増加させているという。新しいサービスの創造は、野球というビジネスを新しい形に生まれ変わらせているようだ。本稿ではサービス・イノベーションという視点から、こうした試みを紹介しよう。

厳しい経営環境が迫った球団経営の意識改革

 そもそもプロ野球の球団経営はその親会社にとって広告宣伝のために利用されることが多く、たとえ球団経営が赤字であっても親会社の広告宣伝費として損金処理できるため、ぬるま湯的な経営に陥りがちであった。しかし、選手年俸の高騰、ファン離れ、不況による親会社の経営不振といった理由から、球団の身売りや消滅が現実のものとなったことは記憶に新しい。

 当時、特にファンの基盤が脆弱(ぜいじゃく)だったパ・リーグの球団は、財政的に自立した事業体として存続するために、親会社のほうを向いた球団経営から、ファン、地域に向けた球団経営へと移行せざるを得なかった。

 厳しい環境は時としてイノベーションを生み出すものである。ファンの基盤が特に弱かったパ・リーグの球団は地域密着をテコにファン志向の球団経営を成功させている。その成功要因の1つとして、顧客起点の発想を基にした新しいサービスの創出、野球のビジネス化を挙げることができる。

勝つことだけが球団経営ではない、顧客を起点として新たな価値を提供

図1●千葉ロッテマリーンズの公式ホームページ
図1●千葉ロッテマリーンズの公式ホームページ

 一時、パ・リーグの各球団は観客動員の低迷が続き、不景気による親会社の不振も重なり、深刻な状況に直面していた。従来の球団経営は強いチームを作り試合に勝つことが観客動員につながり、球団の収益改善を達成できると信じていた。しかし、千葉ロッテマリーンズ(http://www.marines.co.jp/)はいち早く、顧客を起点として新たな価値を提供することで、観客動員低迷の事態を打開しようと行動を起こす。

 彼らはチームが勝つことによって観客動員を増加させるという、提供する商品(チーム)を起点とした発想から、来場した観客がまた来たくなるような楽しさを提供する顧客起点の発想へと転換。スポーツビジネスに精通した人材を外部から採用し、地域に密着した球団運営によって観客動員を増加させた。

 例えば、千葉ロッテマリーンズは26番目の選手としてファンを位置づけ、「TEAM26」というファンクラブを組織し、ファンのチームへのロイヤルティー、チームへの連帯感を強化している。また野球では珍しいポイント・カードを導入することで、来場・グッズ購入などの購買履歴を把握し、リピート率を向上させるための施策実施、検証を支える仕組みを構築している。

 こうした新しいサービスは、新しい企業間の結びつきやノウハウの導入によって生まれたものだ。千葉ロッテマリーンズは早い時期からANAと業務提携し、従来の野球ビジネスにはなかった顧客管理ノウハウを積極的に取り込んでいた。さらに、米国メジャーリーグはもとより、Jリーグの地域密着型のチーム運営、手法を導入し、観客の来場頻度を高めることに成功している。既存の企業間、業種間の枠組みを超え、スキルやノウハウを積極的に導入することで、野球ビジネスに革新をもたらしている。

図2●千葉ロッテマリーンズは顧客起点の発想からCRMを構築し、さまざまな仕組みを通して観客動員の増加、収益基盤の安定化を達成している
図2●千葉ロッテマリーンズは顧客起点の発想からCRMを構築し、さまざまな仕組みを通して観客動員の増加、収益基盤の安定化を達成している

 顧客起点の発想は千葉ロッテマリーンズだけではない。

 東北楽天イーグルス(http://www.rakuteneagles.jp/)は、球団発足当初は戦力が整わず、試合でなかなか勝利することができなかった。そこで、少しでも来場者を増やすための施策として、試合の勝ち負けだけではなく、来場したファンが「トータルで楽しかった」と思って貰える空間造りに注力してきた。

図3●楽天イーグルスの公式ホームページ
図3●楽天イーグルスの公式ホームページ

 例えば、親子で楽しめる「テーマパーク」としての構想を取り入れ、スタジアムの周りに子供が乗れる小さな汽車を走らせたり、気球を打ち上げたり、移動式動物園を誘致したりするなど、まさに遊園地並みの多種多様なイベントを設けることで、試合以外の付加価値向上に取り組んだ。その結果、楽天イーグルスといえば「新しいことをやっている」「楽しいスタジアム」というイメージが定着するまでに至った。パ・リーグでは他球団においても、こうした顧客起点の発想に基づいた新しい取り組みが次々と生まれている。