著者:日本OSS推進フォーラム
デスクトップ普及戦略検討タスクフォース 南慎一郎
皆さん,こんにちは。日本OSS推進フォーラム デスクトップ普及戦略検討タスクフォースの南慎一郎と申します。
私が所属するクリアコードは,オープンソース・ソフトウエア(OSS)を開発し公開している技術者が集まって設立した企業です。クリアコードに所属する技術者が公開しているソフトウエアには,迷惑メール対策ソフトのmilter manager,C/C++用のテスティング・フレームワークCutter,FirefoxやThunderbirdのアドオンおよびXULRunnerアプリケーションの開発を支援するテスティング・フレームワークUxU,プレゼンテーション・ツールのRabbit,Webブラウザの風博士,Firefox拡張機能のTree Style Tab,Multiple Tab Handler,Informational Tab,Text Linkなどがあります。またRuby, Firefox,Fennec, Thunderbird, Subversion, GNOMEといったOSSの開発にも参加しています。
このような技術力を生かしてOSSの改良や導入支援を業務として行っており,デスクトップOSS関連ではFirefoxや,Thunderbirdの企業導入サポートを行っています。今回は,当社がかかわった導入事例を紹介し,なぜこれらのソフトウエアが選ばれたのか,どのようなケースで役に立ったのかをお話したいと思います。
カスタマイズが容易なFirefoxとThunderbird
ユーザーからの問い合わせをいただく中でよく耳にするのが,「FirefoxとThunderbirdはカスタマイズ可能な範囲が広い」という言葉です。
一般的なデスクトップアプリケーションも「カスタマイズ」は可能ですが,ほとんどの場合,変更可能な範囲は限定されています。私たちが相談を受ける要望には,特定の操作の禁止や業務内容に合わせた機能の制限,その逆の仕様上の制限の緩和,現在運用している社内システムへの適合など,大きいものから小さいものまで様々なものがあります。それが前述の「変更可能な範囲」からはみ出していた場合,実現するのは困難になりがちです。
オープンソース・ソフトウェアであれば,当然ソースコードそのものを自由に入手し改変することができますので,そのような制限はありません。必要に応じてどこまでもカスタマイズすることができます。
またFirefoxやThunderbirdの場合は,コンパイル不要な言語によってユーザーインターフェースの大部分が記述されているため,様々なカスタマイズを施す上で再コンパイルがほとんど必要ありません。さらに、カスタマイズ内容をモジュール単位で管理できる仕組み(アドオン管理機能)も備えていますので,定期的なセキュリティアップデートが必要な本体部分と,カスタマイズ用モジュールの部分とを明確に切り離して,導入後の保守コストを抑えることができます。
Google AppsとIE6依存アプリの共存のためFirefox導入
例えば,以前相談をいただいたある企業では,全社的なGoogle Apps(GmailやGoogle Docsを自社ドメインで運用できるサービス)の導入が決まっていました。その際,現行環境であるMicrosoft Internet Explorer 6上ではGoogle Appsが快適に動作しないため,JavaScriptエンジンが高速な最新のWebブラウザの導入も検討されていました。
ところが問題となったのが,IE6に強く依存した設計となっていた既存の社内システムでした。IEは複数のバージョンを共存させることが難しいため,既存システムを最新のブラウザに対応させるか,それともIE6を使い続けるかのどちらかの道を選ばないといけません。他の新しいブラウザとIE6とを併用するという方法もありますが,複数のブラウザを使い分けるための教育コストがかかります。
そこでシステム担当者は,Firefoxとそのアドオン「IE Tab」に目を付けました。IE Tabは,Firefoxの特定のタブの内容をIEのレンダリングエンジンで描画するアドオンです。これらを組み合わせれば,全社的に利用するブラウザをFirefoxに統一して最新技術の恩恵を受けられるようになるとともに,既存システム利用時の互換性の問題を回避できます。また,FirefoxとIE TabはどちらもOSSなので,独自に修正を施すこともできます。
Thunderbirdで集中管理や情報漏洩防止
Thunderbirdが企業などの組織で選択される理由,Netscape Messenger(Netscape Communicator 4内蔵のメールクライアント)からの移行や移行期間中の併用が容易であること,サーバー側での迷惑メール対策を導入していない企業でも簡単に迷惑メール対策を行えることがあります。
以前Thunderbirdの導入をお手伝いしたある企業では,Netscape Communicator 4のマルチユーザー・プロファイル機能を利用してアカウントを切り替える運用をしていました。Thunderbirdへの移行をスムーズに行うにあたっては,Windowsのログインユーザー名に対応するNC4のプロファイルを自動認識して設定をインポートするツールを作成しました。
別の企業からは,Thunderbirdの設定を管理者が一括で管理したいという相談がありました。Thunderbird自体も集中管理の仕組みは備えていますが,利用のための敷居が高いため,Thunderbirdの設定やユーザー・プロファイルをGUIで集中管理できるようにするツールを作成しました。このツールも,Thunderbird用のアドオンとして実装しています。
またある企業では,機密情報の漏洩を防ぐためにメール送信時の処理をフックし,ユーザーが確認を行わなければ送信できないようにする,という仕組みをアドオンで実現していました。その企業ではOutlook Expressを利用しているクライアントも相当数あるため,Outlook Express用にも同じ機能を提供するツールを独自に開発しましたが,ThunderbirdとOutlook Expressの拡張性の差(Thunderbirdには前述のようなアドオンの仕組みがありますが,Outlook Expressにはありません)のせいか,Thunderbird版に比べると開発にコストがかかってしまったとのことです。
いずれのケースにおいても,ツールの開発時にはThunderbirdのソースコードから得られた情報が活かされています。例えば1つ目の例ではNC4のプロファイルから設定をインポートする際にThunderbird内部の関数をそのまま流用できましたし,2つ目の例ではソースコードの中からポイントとなる箇所をいくつか絞り込むことで,Thunderbirdが提供する設定GUIをほぼそのまま独自のバックエンドの上で動作させることができました。3つ目の例でも,どの時点で処理に介入するのが最も効果的なのか,ソースコードがあることによって容易に特定できました。
Thunderbirdのカスタマイズ成果を公開
かつてはOSSの採用は,ライセンス購入費用を抑える手段としての側面のみを取り上げられることが多かったように思います。しかしながら,ユーザーサポートやユーザー教育が必要になることから,実際にはやはりそれなりのコストは発生します。ただ単に「安そうだから」と導入すると,思ったほどの成果を得られなかったという残念な結果になりかねません。
しかしOSSには,「カスタマイズ可能な範囲が広い」という特長があります。現在利用しているソフトウエアでは実現が困難なニーズをお持ちの方は,OSSを検討されてみてはいかがでしょうか。
クリアコードで開発したThunderbirdのセキュリティや使い勝手を向上させる修正やアドオンの一部は,Webサイトで公開しています。興味のある方はぜひご覧下さい。
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