問題点の解決策を話し合う会議で、的確な解決策を得るための工夫は既に普及している。論理的思考術の活用や、ファシリテーター導入などだ。
ただし、どんなに的確な結論が得られたとしても、それが実際の問題解決に結びつかないケースがある。その解決策を実行するはずの現場の人材に当事者意識が無い場合だ。マネジャーやベテランの社員同士のやり取りだけで結論を出して、現場の社員に「さあ、この改善策を実行しなさい」と言うだけでは、実行役にやらされ感を与えるだけに終わってしまう可能性がある。
そこで注目されている会議手法が「質問会議」だ。実際の問題解決を通じて人材を育成するアクションラーニングの研究から生まれた手法だけに、ボトムアップ型の問題解決に向いている。その名の通り、参加者相互の質問と回答だけで進行する。誰かに意見を押しつけられて納得感が無いまま議論が進む事態を防ぐことができる。
東レ経営研究所(浦安市)の福田貴一人材開発部部長代理は、質問会議を進行する「AL(アクションラーニング)コーチ」のスキルを学ぶため、NPO法人日本アクションラーニングセンター公認の研修を受けた。その理由を「一人ひとりが内省して考える力を強化できる。『学習する組織』を作る手法だからだ」と語る。同研究所の業務改善運動「仕事ダイエットプロジェクト」に活用している。
解決策は「自分にアポを取る」ことだと気づく
福田部長代理が最近、職場で実践した質問会議の様子を以下で紹介しよう。同会議のメンバーは福田部長代理を含めて5人である。
会議の冒頭で「ALコーチ」である福田部長代理が会議のルールや規範を説明する。基本ルールは、意見を言い合うのではなく、質問とその応答のみで進行すること、時おりALコーチが進行に介入して参加者に議論の振り返りを促すことの2点だ。規範は「平等と尊重」「傾聴と振り返り」などがある。
今回の問題提示者は若手の社員。「大きな仕事にかかり切りになってしまって、ほかにも早く着手したい仕事があるのにできていない」という悩みを抱えていた。まずほかのメンバーが主に問題提示者に対して、問題を明確化するための質問を行う。当初は「それぞれの仕事の締め切りはいつ?」といった表層的な質問が続いた。
驚くほど静かだ。質問とそれに対する回答だけで進むこの会議を、人によってはじれったく感じるだろう。10数分が過ぎたころ、ALコーチが介入した。「○○さん、いまこの雰囲気はどうですか?」と順にメンバーを指名して問いかけた。「別に。悪くありません」。まだお互いに落としどころがぴんと来ない様子だ。
再び、質問のやり取りが始まった。徐々に鋭い質問が繰り出され始めた。「もし残業が許可されていたら、ほかの仕事に着手していたと思いますか?」「う~ん。どうだろう。しなかったかも」と考え込む問題提示者。さらに別の質問者が、「ほかの仕事ではなく、大きな仕事のことで気になっている点はありますか?」と問いかけた。
この質問は効果的だったようで、問題提示者は「確かに大きな仕事にプレッシャーを感じていますね」と再び考え込んだ。
再びALコーチが振り返りを要求し、全員が真の問題は何なのか整理して紙に書き始めた。その最中に、「ああそうか」と問題提示者がつぶやいた。何か、“腹に落ちる”気づきを得たようだ。
まず問題提示者以外のメンバーから発表し、最後に問題を提示した社員が「本当の問題は大きな仕事を抱えた時にそのことで頭がいっぱいになって、ほかの仕事を考える心の余裕を失っていることだと気がついた」と発言した。この結論にかなり納得感があるようだ。そして「大きな仕事を抱えているときでも、ほかの仕事のことを考える時間を意識的に確保するよう、『自分にアポをとる』行動を取っていく」と話した。
ほぼ1時間近くが経過していた。ALコーチは締めくくりに各人に「この会議は役に立ちましたか」などを順に尋ねて、会議を終えた。
質問回答と振り返りで自己観察力が向上
会議の様子は静かで進みはスローだが、質問会議には独特な緊張感がある。時には、自分の心の動きを冷静に振り返らないと答えられないような質問が出る。通常の会議ならつい当たり障り無く答えたくなるような深い問いかけにも、真正面から向かい合わざるを得なくなる。質問会議を継続的に行えば、自己観察をする習慣が身につき、納得できる解決策を自ずと見いだせるようになる効果が確かに期待できそうだ。
その傍らで、暗に自分の意見を押し付けるような質問や、攻撃的なニュアンスの質問にALコーチは目を光らせ、必要があれば介入する。
福田部長代理は、質問会議を東レグループ内に広めたいと考えている。他社ではキリンビールも同手法を導入し始めたところだ。
参考文献:『質問会議 チーム脳にスイッチを入れる!』(PHP研究所)