「これからの成長を考えると、業務分析など“超上流工程”から顧客のシステム開発プロジェクトを支援できる人材を増やす取り組みが急務だった」。

 ニッセイ情報テクノロジーの馬橋弘コンサルティング室主席ビジネスプランナーは、顧客のさまざまな要求を分析し、システム開発の品質を高めるために作成しているガイドライン「BA Guide for LIFE」の意義をこう強調する。

図1●「業務に対する理解力」に関する顧客満足度はまだまだ向上の余地がある
図1●「業務に対する理解力」に関する顧客満足度はまだまだ向上の余地がある

 BA Guide for LIFEは、経営戦略や業務改革プランの立案、業務設計など、いわゆる超上流工程の段階で顧客の要求を漏らさず可視化するもの。これにより要件確定の先送りを防ぐ。

 システム開発のトラブルの要因である、あいまいな要件定義をなくす取り組みは、多くのSIerが以前から力を入れている。営業担当者や技術者が顧客の業務への理解を深めることは対策の中核の一つだが、必ずしも成果は上がっていない(図1)。

 要件の抽出だけでなく、まとめた要件について相手と合意するための交渉力も試される。そうしたスキルは交渉の現場でしか身に付かず、個人差が大きくなりがちだった。

 ニッセイ情報テクノロジーが作り上げたガイドラインが他社の取り組みと異なるのは、業務分析や業務要求定義のための知識体系「BABOK」(Business Analysis Body of Knowledge)を基に規定し、実際のプロジェクトに適用することだ。

 BABOKは、プロジェクトマネジメントより上流の「ビジネスアナリシス」(BA)と呼ばれる工程に必要な知識、作業、テクニックを体系化したものとして、世界で注目が集まっている(図2)。顧客から業務要求を引き出すにはどういった作業が必要か、合意形成のテクニックにはどのようなものがあるのかなどの実践的な知識を網羅してある。

図2●BABOKの主な活用シーンはシステム開発プロジェクトの超上流工程の強化だ
図2●BABOKの主な活用シーンはシステム開発プロジェクトの超上流工程の強化だ
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 BABOKはあいまいな要件定義を防ぐだけではなく、提案にも役立つ。顧客が目指すべきゴールが明確になるため、どのようなソリューションを採用すべきかについて、SIerが自ら示すことができるようになるからだ。

 同社は9月末にBA Guide for LIFEの第1版をまとめる。主に保険業向けのコンサルティング業務に適用し、SI案件の開拓につなげることを狙う。

 ニッセイ情報テクノロジーだけではない。NTTデータは現在、営業か開発かにかかわらず中堅社員にBABOKを学ばせ、超上流工程を担う人材を育成する計画を進めている。アイ・ティ・フロンティアは開発部門の現場でBABOKの知識を周知し、超上流工程の品質を高めようとしている。

顧客も超上流工程の共通言語として期待

 各社が取り組んでいるのは「開発の下流工程しか担うことのできないSIerは生き残れない」との危機感からだ。「顧客に言われたことをこなすだけの SIerには、システム開発のトラブルを減らすことも、業務目的に最適化したシステムを作ることも難しい」と話すSIerは多い。

 顧客にとっても、超上流工程をおろそかにしているSIerばかりでは心許ない。「企業のシステム部門は人手不足もあって、現行システムの運用だけで手一杯の状況。経営層や利用部門の利害を調整しながら最適なシステムを作りたいと考えていても、なかなか手が回らない」。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の角田千晴 事業企画推進部長は指摘する。こうした状況のなか、BAの能力を備えたSIerへのニーズは強まりつつある。

 「システム化の目的をSIerと常に明確しながら開発プロジェクトを進められるかどうかは、システム部門にとっても重大な関心事だ。SIerとの意識のずれをなくすための共通言語として、BABOKは有効だ」(東京都の菊地俊延総務局行政改革推進部システム評価担当副参事)。この考えの下、東京都はシステム開発にBAの考えを取り入れた。

 以下、BABOKを活用してBAの能力を高めようとしているSIerやユーザーの具体的な取り組みを見ていく。

●これがBABOKの活用シーンだ
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