日本企業にとって、海外子会社のコントロールというのはそう優しいものではないことは皆さんご承知かと存じます。子会社といっても、アジア地域の子会社と欧米地域の子会社では対応が随分違ってきます。

 特に英・仏などのプライドの高い国の子会社をマネージするのは結構骨が折れます。彼らをマネージするには、少なくとも彼らより自分が優れている部分を具体的に示さなければなりません。これができないと、子会社を思うようにマネージすることはできません。

 しかし、先進国のマネジャーというのはそれなりに優秀な人物がそろっているわけですから、彼らより優れている部分を具体的に示すことは非常に難しいと言わざるを得ません。彼らは表面的には親しくしてくれますし、指示されたことは概ね実行していただけますが、自分たちのプライドにかかわる部分では一歩も引かないところがあります。

 これは私見ですが、彼らの表面的な友好心と従順さを鵜呑(うの)みにしてしまうと、時間がたつにつれて、随分とマネージメントの難易度が上がってくるように思います。私がある海外子会社の社長をしていたときに、年に3~4回出張してレビューを行ったり、懸案事項の解決を行ったりしていたのですが、空港に着くごとに子会社のゼネラルマネジャーが私を空港まで迎えに来てくれていました。

 あるとき、車中で彼はこう言ったのです。「今朝、私の女房が、“あなた、今日は熊澤さんが来るんじゃない?”と言うんで、“なぜそんなことが分かるんだ?”と聞いたら、女房が“だって、あなた朝からすごく機嫌がいいんだもん、分かるわよ”と言ったんですよ、ハハハ…」

 世界的には“自己主張が無く、迎合ばかりしているゴマすりが多い日本のサラリーマン”という印象があるなか、驚くべき外国人のゴマするぶりにビックリしました。もちろん、彼の奥さんが絶対にそんなことを言っていないとは100%断定できませんが、そのような情報を私に直接伝えるという彼の行動の徹底ぶりに驚いたのです。

 と、申しますのも、前回に訪問した際に私は彼に「私は普通の日本人と違って、本社におうかがいを立てずに、自分で考えて自分で決断し、自ら実行します。よって今までの日本人役員のイメージは捨ててください」と言いました。おそらくその反動にほかならないのではないかと考えたからです。

彼らとうち解けるために、旧約聖書を丸暗記

 彼の行動で考えさせられたのは、日本の本社の役員というのは彼らにしてみればメッセンジャーボーイのようなもので、いかに自分たちのやりたいことをアグリーさせるのかという点に絞って対応しているということです。私は、表面的ではなく、本心で彼らと接し、彼らの本心を聞きたいのですが、彼らが上記のような対応である限り、それは非常に難しいのです。そこで、何とか彼らと打ち解ける方法がないのかと考えた結果として思いついたのが、旧約聖書の丸暗記です。

 旧約聖書が彼らの国のすべてを物語っているといっても過言ではないことに注目し、彼らに旧約聖書を語ろうと考えたのですが、40歳を超えて旧約聖書を丸暗記というのは、なかなか手強い話で、すべてを覚えるのに約3カ月を要しました。ただし、旧約聖書の原本や邦訳書は、丸暗記には難易度が高過ぎるために、当時出版されていた、【小説旧約聖書】という、その名の通り、小説風で軽めの旧約聖書を選びました。

 シンガポールに在住していた際に3年間で600冊以上の本を読んだほど本好きの私ですが、数百ページに及ぶ本を丸暗記するための読書というのは初めての経験でした。基本的には5ページ読んでは3ページ戻るという方法で暗記していったのですが、読むにつれて旧約聖書に対する興味・関心がわいてきましたので、案外早く暗記できたと思います。