エノテック・コンサルティングCEO 海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知

 ある日,Blackberryが鳴ったのでふと画面を見ると,夫の写真が表示されている。

 発信者通知の画面は,電話網から出される発信者番号通知(ANI)から端末の電話帳上の「名前」を引き出して表示するが,この時はFacebookに夫が載せている顔写真が出現したのだ。以来,Facebookで「友達」登録している人からの電話には,顔写真が出るようになった。

 Facebookはユーザー数3億人を擁する世界最大のSNS(social networking service)だ。大学内の名簿を発祥とし,現実の友人関係をサポートするコンセプトなので,ユーザーは本名と顔写真をIDとして使うことが多い。

「クラウド通信」の小さな一歩

 夫はFacebookのプロフィールに電話番号を載せていないので,ANIとFacebook ID(電子メール・アドレス)とを結び付ける仕組みがクラウド上のどこかにあるはず。単に携帯電話をWebの入出力だけに使うのでなく,Web上にあるデータやサービスで通信本来の機能を支援するという,先月書いた「クラウド通信」の小さな一歩だ。

 米国でも日本でも,携帯電話には便利な機能が満載されているが,ベーシックな「電話」の使い勝手は,ここ10年ほど大きな進歩がない。顔写真などのユーザーIDをプッシュ表示する機能や,頻繁に連絡する相手をシステム側が「学習」して優先表示するといった機能は,Web上のメールやSNS上での通信では当たり前になっている。このようなちょっとした便利な機能は電話にはなかった。それが,Web機能との連携で少しずつ変わりつつある。

個人IDでFacebookが圧勝

 米国では2008年末から,ユーザーIDを自社あるいは自陣営のプラットフォームに取り込もうという“IDバトル”が繰り広げられてきた。ここにきて,Googleなどを抑え,Facebookが地滑り的圧勝を収めた感がある。SNSとしてユーザー数が最大であるうえ,戦略的に外部と連携しやすい仕組みが用意されているからだ。ブログやネットメディアなどで,Facebookが連携先になっていないところはまずない。

 相手との親密度に応じた通信手段の使い分けのヒエラルキーで,「電話」は最も「親密」な手段として君臨する。Facebookはクローズドであるがゆえに,実名・顔写真がデフォルトとなっており,電話との親和性が高い。

 さらに,同じく先月紹介した「不況による熟成期」のために,Facebookを脅かす類似サービスは当分出てこない。既存プレーヤの淘汰も進む。このため,端末メーカーや通信事業者が提携すべき相手の数は絞られ,交渉しやすくなる。

 これも「熟成期」のメリットの一つでもある。今後,顔写真の表示だけでなく,さらに多くの便利な機能がクラウドから提供されるだろう。華やかな動画配信などと比べると地味な変化だが,Webと通信の連携で「基本的な通信機能」の停滞を打破してほしい。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO
 NTTと米国の携帯電話ベンチャNextWaveを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングを行っている。シリコン・バレー在住。
 ベンチャーにプレゼンテーションの場を与えるイベント,「TechCrunch 50」に初参加した。Web 2.0系のノリが軽くて元気なベンチャーが多い。しかし,華やかな夢を追うよりも,中小企業向けの地に足の着いたサービスが多い印象を受けた。