インターネットの地図と実際の街角画像をリンクさせるサービス「ストリートビュー」の登場は、社会に大きな衝撃を与えた。人物の顔や個人宅が映っていることもあったが、“リアル”な地図がこれほど容易に実現できるという驚きだ。同時に改めてネットの可能性が注目される契機にもなった。一方で、法令順守など各国の固有事情への適合が、新たな競争軸になってきた。クラウド台頭で“旧世代”に追い込まれつつあった既存のIT企業はオープン性を強調する。

 「個人情報保護法の義務規定の適用はない」。総務省が主催した「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」は、2009年6月に公表した提言書案で、グーグルが提供する「ストリートビュー」などの地図情報サービスについてこう述べた。電気通信事業者は個人情報の取り扱いについて個人情報保護法より厳密であるべきとしながらも、最終的に違法性はないとする見解だ。

 疑問の声は即座に上がった。市民団体「監視社会を拒否する会」の共同代表である上智大学の田島康彦教授は、「撮影された画像データが名前や住所などの個人情報と結びつけられることによって、監視社会を一層促進する危険なサービス。提言書案に強く抗議する」と述べる。

 グーグルのストリートビューは08年8月の開始以降、官庁や自治体、法律の専門家などを巻き込んで大きな論争を引き起こしている。地図情報と一緒に表示される画像に、個人の顔が判別できるものや、個人宅の敷地宅の様子がうかがえるものが含まれたからだ。

 こうした事態を受けて、グーグルはストリートビューで表示する画像の修正や、画像削除窓口の設置などの対策に追われた(図1)。それでもいまだに、プライバシーの侵害にあたるとしてサービスの停止や法規制を求める専門家は少なくない。

図1●利用者や自治体から指摘を受け、グーグルは「ストリートビュー」を改善した
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 「ストリートビュー」登場後、大きく三つの変化が起きた。まず、自治体がネットサービスに向ける警戒感。次に、プライバシーとは何かという議論の激化。そして最後に、企業がネットサービスを利用する際のスタンスの変化である。

PCを使わない人にも影響

 「インターネットでどのようなサービスが提供されるか、常にアンテナを張っておく必要があると考えている」と話すのは、杉並区危機管理室の大八木清高地域安全担当課長だ。同区はストリートビューが開始されてまもなく08年8月12日に、グーグルに対しプライバシーへの配慮と画像削除要請への対応を求める申し入れを行った。「ネットサービスについて申し入れを行ったことはこれまでなかった」と大八木課長は明かす。

 最初に区民からの連絡があったのは8月5日。30代の男性からで、ストリートビューを使うと個人宅の生け垣の中まで見えてしまうと懸念していた。その後も相次いで意見が寄せられた。そこで警視庁や東京都に相談した上でグーグルに直接連絡し、配慮を求めたという。

写真1●杉並区は区民に配布する広報誌でも、ストリートビューに注意を促した
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 グーグルは削除依頼の窓口Webページは設けたものの、自治体からすればパソコンを使える区民しか利用できないことになる。そこで11月に再度協議し、電話窓口を設けることを求めた。さらに区民向けの広報誌でもストリートビューへの注意を呼びかけた(写真1)。「お年寄りなどパソコンを持っていない区民は、自宅の写真がインターネットで公開されていることさえ知るすべがない」(大八木課長)。