キヤノンITソリューションズ
コンサルティングセンター
岡藤 高規
前回はIFRS(国際会計基準)対応で情報システムに求められる「複数帳簿の保持」について解説した。IFRS対応の際に,システムで対応しなければならない項目は他にもいろいろある。今回は,情報システムだけでなく,企業全体に大きな影響が与えるとみられるセグメント情報開示への対応について説明する。
セグメント情報開示への対応が企業に大きな影響を与える理由は,マネジメント・アプローチという手法による開示を求めているからである。マネジメント・アプローチでは,事業種類別,所在地別,市場別といった従来の企業会計基準で定められた区分による開示とは異なり,実際に企業内部で経営判断のために利用している数字をベースに開示する。
投資家にとっては,企業の経営実態を外部から把握しやすくなるというメリットがある。一方で,経営層がどの事業を重視し,把握しているのかが開示項目から見えてしまうため,経営姿勢が外部の厳しい目にさらされることにつながる。マネジメント・アプローチは内部管理用の情報に基づくよう要求しているため,そのためのデータの収集している情報システムにも大きな影響を与える。
以下,マネジメント・アプローチについて触れてから,セグメント情報開示が情報システムにどのような影響を与えるかを見ていく。
財務情報は「内部的に利用される情報に基づくべき」
セグメント情報開示への対応か必要だというと,「なぜ,そんなに騒がなければならないのか」と疑問に思われるかもしれない。実際,各企業はセグメント情報開示にはすでに対応している。
問題は,今までのやり方ではIFRSが求めるセグメント情報開示の条件を満たさない可能性が高いことだ。IFRSの該当部分で確認してみよう。IASB(国際会計基準審議会)のWebサイトでは,セグメント情報開示に関するIFRS第8号(Operating Segments:事業セグメント)の特徴を以下のように記述している。
Generally, financial information is required to be reported on the basis that it is used internally for evaluating operating segment performance and deciding how to allocate resources to operating segments.
通常,財務情報は事業セグメントの業績を評価し,事業セグメントに対する資源の配分方法を決定するために,内部的に用いられるということに基づいて,報告されることが要求される。(企業会計基準委員会による訳)
ここでは「財務情報は内部的に利用される情報に基づくべき」と言っている。この部分にIFRS第8号の要点が込められている。
内部的に利用される情報とは,経営層が各事業セグメントの業績を判断し,さらに各事業セグメントへの資源配分を判断するために使う情報を指す。こうした情報を開示することで,投資家が経営者の判断を見定められないという弊害をなくす狙いがある。
従来は,どのようにセグメント情報を開示するかは,企業の恣意的な解釈に基づいていた。このため,開示されるセグメント数が少ない,単一のセグメントを採用しているなどの理由で,経営層がどのように判断したが外部から把握できないケースが多かった。これまでのセグメント情報開示のやり方を修正する必要があるかもしれないのは,このためである。
ただし,マネジメント・アプローチには利点だけでなく,欠点もある。例えば,内部情報を開示することは企業の機密情報に抵触する可能性があり,経営者が内部情報の開示を避ける恐れもある(表)。利点と欠点については,企業会計基準第17号「セグメント情報等の開示に関する会計基準」でも解説しているので一度確認されることをお勧めする。
利点 | 欠点 | |
---|---|---|
マネジメント・ アプローチ |
・投資家が経営者と同じ視点で企業の将来を予測できる ・内部で既に利用している数字を基に開示するので,追加的作業がほとんど必要ない |
・企業の機密情報に抵触する場合は,経営者が内部情報の開示を避ける可能性がある ・企業によってセグメントの分け方が異なり,比較可能性が損なわれる(注) |
従来手法 | ・内部情報を使わずに済むので,経営者がセグメント情報の開示を避ける可能性は低い ・セグメントの区分が同一なので,比較しやすい |
・投資家が,経営者が利用している数字と異なる数字を基に,企業の将来について誤った判断をする恐れがある ・別途セグメント開示用の数字を作成している場合は,追加の作業が発生し,誤りの可能性も高くなる |
企業会計基準第17号は,IFRS第8号を十分考慮に入れた上で策定されている。利点と欠点を総合的に判断した上でマネジメント・アプローチを導入するとしている。適用開始は,2010年(平成22年)4月以降の会計年度からである。つまり,企業がIFRSを採用するかどうかにかかわらず,マネジメント・アプローチによる開示は避けられないわけだ。