現在の総務省は「事後規制」のスタンスの下,事業者間競争の行司役を担っている。

 総務省は,技術の進展や時代背景によって競争のスタンスと自らの立場を変えてきた(図1)。通信自由化が始まった1985年,当時の郵政省は「独占から競争へ」との方針の下,市場原理による電話サービスの効率化を狙った。郵政省は民営化したNTTと正面から対決し,DDI(現KDDI)や日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)など長距離系事業者の参入を促した。その結果,85年当時に東京-大阪間3分400円(平日昼間)だったNTTの長距離通話料金は徐々に下落。2001年には3分80円にまで下がった。

図1●通信自由化以降の総務省の競争政策の変遷<br>技術の進歩や時代の流れに合わせて,総務省の競争政策は「独占から競争へ」,「競争の一層の進展」,「事前規制から事後規制へ」と変化してきた。
図1●通信自由化以降の総務省の競争政策の変遷
技術の進歩や時代の流れに合わせて,総務省の競争政策は「独占から競争へ」,「競争の一層の進展」,「事前規制から事後規制へ」と変化してきた。
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 その後97年には,「競争の一層の促進」というスタンスの下,接続ルールなどを定めた電気通信事業法を改正した。都道府県ごとに50%を超える加入回線シェアを持つNTTに対して,設備の開放義務を課し,さらなる競争を促した。99年から2000年にはドライ・カッパーやダーク・ファイバも開放され,ソフトバンクBBなどの新規参入事業者が低料金なADSLサービスを開始するきっかけとなった。

 電話時代の競争ルールの一通りの完成や,IP化の進展によるビジネスモデルの多様化などを受けて,総務省は2003年の電気通信事業法改正で,今につながる「事前規制から事後規制」へとスタンスを大きく転換する。事前規制に力点が置かれたスタンスから,問題が生じたときに紛争処理委員会などによって個別対応する事後規制へと変わった。このころから,総務省はNTTと正面対決する姿勢から一歩引き,事業者間の行司役としての立場に変わってきた。

 同じ立場のまま,新競争促進プログラム2010に沿って政策が形作られているのが現状だ。

「競争が機能していない」

 現在の総務省の競争政策には,主に二つの課題が表面化している。

 一つはFTTHの競争環境だ。前回も述べたように,FTTH市場ではNTT東西のシェアが7割まで上昇している。「事実上,競争が機能していない」(甲南大学マネジメント創造学部の佐藤治正教授)と指摘する有識者は多い。

 もう一つは,上位レイヤー・サービスの促進だ。これは,新競争促進プログラム2010の流れで開催された総務省の「モバイルビジネス研究会」や「通信プラットフォーム研究会」でもテーマにされている。これまではインフラの面での競争に重点を置いてきたが,収益の源泉が通信インフラから上位レイヤー・サービスへと移る中で,新たな分野での競争政策が求められている。

ADSLとは違うFTTHのサービス提供条件

 ADSLでは機能した競争政策が,FTTHでは機能していない。理由は二つある。1点目は現在の総務省のスタンスが設備競争寄りである点だ。

 通信事業者間の競争は,各事業者がインフラを自ら敷設して競う「設備競争」と,NTT東西から競合事業者がインフラを借りてサービスを競う「サービス競争」の二つの形態がある。総務省の基本方針は,「設備競争とサービス競争のバランスを取る」だが,FTTHでは設備競争に軸足が置かれている(図2)。FTTHでは,NTT東西も新たに光ファイバを敷設する必要がある。そのため総務省は,NTT東西の設備投資のインセンティブを削ぐ施策を打ちづらい背景がある。

図2●設備競争とサービス競争の力学<br>設備競争とサービス競争のバランスを取るのが,現在の総務省のスタンス。FTTHは現在,設備競争に軸足が置かれており,結果としてNTT東西が有利な構図となっている。
図2●設備競争とサービス競争の力学
設備競争とサービス競争のバランスを取るのが,現在の総務省のスタンス。FTTHは現在,設備競争に軸足が置かれており,結果としてNTT東西が有利な構図となっている。
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 2点目は,FTTHとADSLではサービス提供に必要な条件が全く異なる点だ。ADSLはユーザー宅に敷設済みの銅線をそのまま転用できる仕組みであり,インフラを借りたサービス競争を展開しやすい。それに対してFTTHでは,インフラを借りたとしても,き線点からユーザー宅まで光ファイバを新たに引かなければサービスを提供できない。設備競争の要素が入るため,電柱や管路を持つNTTグループや電力系事業者が有利になる。総務省は電柱や管路活用のガイドラインを整備し,設備競争を後押しするものの,競争がうまく機能するまでには至っていない。

 NTTグループに競合する通信事業者は,設備競争に音を上げつつある。例えばKDDIは都心部などで自前のFTTHによる設備競争を挑むものの,「全国での競争はNTT東西にはとてもかなわない。残念ながらNTT東西8割,その他の事業者2割というのが現在の競争環境での実力」(渉外・広報本部の古賀靖広渉外部長)と語る。さらに「光のインフラを全国で2重に引くのはもはや現実的ではない。だとすればどのような競争環境が必要になるのか,もっと議論が必要」(同)と,総務省の競争政策に対して疑問を投げかける。

 電話に代わる日本のインフラであるFTTHの競争環境を,どのようにデザインするのか。通信事業者にとって大きなテーマだ。2010年以降に改めて議論が必要になるだろう。

上位レイヤー事業の阻害要因は細部に

 上位レイヤー・サービスの促進も大きな課題だ。総務省の競争政策は,過去20年以上にわたって通信インフラ中心だったが,ここ数年は上位レイヤー・サービスの促進に力を入れている。

 モバイル分野では,総務省のモバイルビジネス研究会や通信プラットフォーム研究会の議論を経て,MVNOの促進や携帯電話事業者の課金プラットフォームのオープン化など,通信事業者以外の事業者が通信インフラを使って新しいサービスを進めやすい環境を整えつつある。中でも,上位レイヤー・サービス促進の第一歩として重要になるのがMVNOだ。2008年から2009年にかけて,MVNOの参入事業者は大幅に増えた。総務省が手厚い政策を用意したことで,参入の敷居が下がったからだ。

 しかし,MVNOビジネスにかかわる民間のフォーラム「MVNOを創る会」の児玉洋代表は,「かつてはMVNO事業に参入したくても通信事業者に窓口をたらい回しにされた」と語る。通信事業者ではないプレーヤが市場に参入する際の障害は,あちこちに潜んでいるのだ。こうした細かな課題を一つひとつクリアしていくことが,上位レイヤー・サービスの進展では不可欠になる。