総務省の競争政策は2010年以降にどのような方向へ向かうのか。まだ具体的な取り組みは始まっていないが,現在の動きの中から,これからに向けた視点が少しずつ見えてきている。

視点1:通信事業者間の競争の再検討

 視点は大きく三つある(図1)。

図1●2010年以降の通信政策の三つの視点<br>「通信事業者間の競争の再検討」,「新しい技術・パラダイムへの対応」,「不況下の競争政策」が浮かび上がる。政策的課題は,通信インフラ分野にとどまらず広がりを見せている。
図1●2010年以降の通信政策の三つの視点
「通信事業者間の競争の再検討」,「新しい技術・パラダイムへの対応」,「不況下の競争政策」が浮かび上がる。政策的課題は,通信インフラ分野にとどまらず広がりを見せている。
[画像のクリックで拡大表示]

 1番目の視点は,前回述べたFTTHの課題のような,通信事業者間の競争の再検討だ。ここでは,2010年に予定されているNTTの組織問題の検討が大きな意味を持つ。

 通信事業者間の競争を再検討する際に,NTTの在り方に触れることは避けて通れない。2006年から棚上げされていたNTT問題が2010年に“解禁”されることは,競争環境の再検討に大きな意味を持つ。

 竹中懇で座長を務めた東洋大学の松原聡教授は,「竹中懇で懸念した通り,NTTグループのFTTHのシェアがその後も上昇している。NTTの持つ支配力と現在の組織形態について,今一度チェックすべき」と,FTTHの競争とNTTの在り方を合わせて議論すべきと主張する。さらに松原教授は,「NTTグループに課せられた現在の業務分野規制も2010年以降に見直すべき」と続ける。NTT東西が県内通信,NTTコミュニケーションズが県間通信という地域で別れた不自然な区分は「当時ですら“妥協の産物”だった。規制・規律は合理的な形に見直すべき。それはNTT本来の力を発揮させるうえでも重要だ」(同氏)。

 なお総務省は「NTTの在り方は,まずはNTT自身が考えるべき」(幹部)との姿勢を見せている。NTTが2010年度に予定する概括的展望の公表を待った上で議論を進める考えだ。

視点2:新たな技術,パラダイムへの対応

 2番目は,新たな技術やビジネスモデルなど,パラダイム変化への対応という視点だ。2010年以降,モバイル分野では最大100Mビット/秒超を実現するLTE(long term evolution)の商用化が始まる。上位レイヤーのいっそうの促進という視点もある。総務省は変化を見据えた,競争環境のデザインに着手するだろう。

 総務省が8月にまとめた「電気通信市場の環境変化に対応した接続ルールの在り方」の答申案(接続ルールの見直し案)は,今後の競争政策に向けた第一歩といえる。固定・モバイル融合への対応と,レイヤー間の市場支配力行使への対応を明記しているからだ。

 LTEが商用化されると,通信速度の面ではFTTHとの差はぐっと縮まる。固定とモバイルで分かれた現在の接続ルールを,FMC(fixed mobile convergence)を念頭に置きながら時代に合わせて検討し直す方向性を答申案は示している。仮に,LTEにFTTHの代替性があると判断されれば,NTT東西に課せられた規制が緩和される可能性がある。

 レイヤー間の市場支配力行使への対応は,上位レイヤー事業者から見た公正競争環境を整備する方向性だ。例えば携帯電話事業者のような通信レイヤーで市場支配力を持つ事業者は,自社でコンテンツやサービスを囲い込むことで,結果的にコンテンツ・レイヤー市場の自由な競争を阻害しかねない。このような弊害を防ぎ,上位レイヤー市場の発展を後押ししたい狙いがある。

 接続ルールの見直し案では,法改正によって紛争処理委員会の役割を,これまでの通信事業者間の紛争から,コンテンツ提供事業者や通信プラットフォーム事業者と通信事業者の紛争に拡大する方向も示している。通信事業者と上位レイヤー事業者間の本格的な競争環境が生まれるわけだ。

視点3:不況下での競争政策

 3番目は,「2006年当時はまるで想定していなかった」(総務省幹部)という世界的な不況下で,競争政策そのものをとらえなおす視点である。

 日本総合研究所の新保豊理事・主席研究員 通信メディア・ハイテク戦略クラスターセンター長は,「競争政策は大事だが,不況下ではデメリットになるケースもある。需要も合わせて喚起すべき」と指摘する。

 政府も経済危機対策として14兆円の補正予算を計上した。現在は,競争促進よりも経済振興を重視する流れに見える。ただ総務省のある幹部は,「振興促進か競争促進の二者択一は論外。不況を脱するため短期的には経済振興策が必要だが,中長期的には競争のメカニズムが不可欠」と,不況の影響と競争政策を分けて考える姿勢を見せる。今後の通信業界の競争環境を検討していくうえでは,上記のような視点を持ち,議論がぶれないように注意する必要がある。

 このように,2010年以降の競争政策の検討では,これまで以上に幅広い視点が加わることは間違いない。今は競争の主戦場がインフラのレイヤーから上位レイヤーへシフトしてきている。レイヤーを超えて,国境を越えて事業者が競合するのはもはや当たり前。総務省のこれまでの政策アプローチが通用しない場面も多い。

 今後,通信事業者は複雑化した競争環境下に置かれる。将来の戦略を立てるうえで,多角的な視点が求められる。