米国やアジアにおいてもサービス・イノベーションはホットなトピックスであるが、欧州では、国家戦略としても注目を集めている。私は、欧州におけるサービス・イノベーションに常々興味があり、ぜひ欧州のサービスの現場がどのようなものか見てみたいと思っていた。

 そんな折、サービス・イノベーションに関する共同研究のため、本年9月にオーストリアのウィーン大学に滞在する機会を得た。実は、ウィーン大学と京都大学とは、長年にわたり、学術交流協定を締結し、教員・学生の相互交流を進めてきている。ウィーンは、京都と同様に、人口150万人前後の学術・観光都市である。長年の歴史から作り出される人々のマインドセットなどを含め、両都市の共通点は多い。このような背景が両大学の学術交流を生み出したのであろう。この一環として、幸運にも私にもお鉢が回ってきたようだ。

 今回のコラムでは、ウィーン滞在中に出会った一押しのサービス・イノベーション事例についてご紹介しよう。サービスとそのイノベーションとは、一朝一夕にできるものではない。長年にわたり、幾重にも厚く積み重なってできるものだという印象を新たにした。

ウィーンでの味わい深いサービス・イノベーション

 まず、読者の方々に質問しよう。ウィーンでの、そのサービスは、以下のような項目により運用がなされている。
 - 全世界的配送システムがある
 - オンラインショップがある
 - ビジネスプロセス管理による生産プロセスの効率化が図られている
などなど。このサービスとは何か? ぜひ当ててみていただきたい。

 すぐに思い浮かぶ回答としては、フェデックス(FedEx)のような国際物流サービスや、アマゾン・ドット・コム(Amazon.com)のようなIT(情報技術)サービスといったオーストリア版をイメージするのではないか? あるいは、オーストリア航空やオーストリア国鉄のような地域版の交通・運輸サービスのグローバル展開をイメージするかもしれない。

DEMEL(デメル)の本店
DEMEL(デメル)の本店

 その答えは、知る人ぞ知る、ハプスブルグ家御用達の老舗菓子店「DEMEL(デメル)」の提供するサービスである。DEMELは、ウィーン王宮近くの通りに本店があり、石造りの建物と、重厚な内装が素晴らしい。

 以前は、王宮劇場とお店とが地下道でつながっていたり、有名な皇后エリザベートもお気に入りのお店であったりと、エピソードが多い。店頭に掲げられているハプスブルグ家御用達の紋様も美しい。ここには、200年以上の伝統が受け継がれているのである。

DEMELのザッハトルテ(右側のケーキ)
DEMELのザッハトルテ(右側のケーキ)

 私は、ザッハトルテ(Sachertorte)というチョコレートケーキを注文した。茶色のスポンジケーキ部分を取り囲むチョコレートの表面が思ったよりも厚く、一口食べた印象は、やや濃厚な甘さ。しかし、食べ進むうちにその魅力に取りつかれてしまう。伝統のなせる技なのだろう。

 知人に店内を案内してもらうと、ガラス張りの仕切りから見える奥の厨房では、従業員がきびきびとケーキを作っていた。また、白い帽子に白衣をまとった見学者グループが、ケーキ作成の説明を熱心に聞き入っていた。階上の部屋を案内してもらうと、そこは、荘厳な細工が施された部屋で、その見事さに感嘆した。聞いてみると、会議のアレンジもしているとのことだ。

 私は、当初、DEMELを単なる老舗のお菓子屋さんと思っていたが、大きな勘違いだったようだ。大学関係者に聞いたり、ホームページで調べたりし、そこで、冒頭の質問内容に行き当たるのだが、DEMELのビジネスは、自家製ケーキの店舗内販売だけでない。グローバルデリバリーや美術館の運営、イベントマネジメントも手掛ける先端的サービス・イノベーション企業という趣きだ。

 ちなみに日本でも、上野風月堂とライセンス契約を結び、デメル・ジャパンが運営されている。つまり、DEMELは、ブランドや、自家製ケーキをコンピタンスとして、サービス多角化を進める企業なのである。

 DEMELのザッハトルテの価値は、ケーキ自体の美味しさもさることながら、ケーキの上にトッピングされている小さな三角形の板チョコマークの存在もあなどれない。ついでに言えば、ザッハトルテに纏(まつ)わるDEMELともう1つの老舗「Sacher(ザッハ―)」との長年の競争物語も、各々の価値を引き立ててくれている。