市場における競争原理

 商取引にはいろいろな形態があるが、企業間取引の多くは長期安定的な取引関係のなかでビジネスが成り立っている。安定した取引先と健全な取引が継続されれば望ましいことではあるが、実態はそうはいかない。経営環境は常に変化し、製品もサービスもモデルも変化していく。調達先も多様になり、世界中から安くて品質のよい調達先を探す。そういう活動がゴーイングコンサーンを強く支えていくことになる。

 資本主義の自由経済のなかでは、市場には市場原理、競争原理というものがある。品質や価格などで競争力があるものが勝ち残る。しかし、これには条件がある。健全な競争原理が働くためには、売り手と買い手の需給バランスから適正価格が維持されることである。

 買い手市場なら競争原理が働くように思えるが、過当競争を巻き起こして市場の健全性が損なわれる。売り手市場になると競争原理は働かない。教育、医療、福祉のように分野によって競争原理だけで語れない市場もある。

 しかし、IT(情報技術)の分野は競争原理を適用すべき分野である。競争が技術進化を促す面もある。ソフトウエアでは一時的に限られた売り手によって寡占化が起こり、売り手市場になり競争原理が働きにくくなることはある。だが、技術革新がその構図を変えていくこともあるし、そもそも買い手の購買姿勢が売り手市場を作り出してしまうところもある。パソコンのように常に一定の需要があり供給先が多い場合には競争原理が働いている。こういった基本原理はITの調達にうまく生かされているであろうか?

IT調達における競争原理

 ITの調達には製品、サービス、ソフトウエア開発、労務などがある。競争原理を活用するには調達候補先にRFI(情報提供要求)、RFP(提案要求)、RFQ(見積依頼)をきちんと行うことが基本だ。製品や労務では購買したい内容や品質が明確であれば競合の候補企業に対してRFQを要求し最も安いものを購入すればよい。調達先を広めたいときや製品情報が不足しているときにはRFIのプロセスを踏んでRFQを行えばよい。

 IT関連の調達では、製品にしても標準化が進んでいるわけではなく、また中立性のオープン市場が確立されているわけでもない。従って、ネットの活用やリバースオークションのような買い手主導の調達手法が採れるわけではない。だからこそ、競争入札の仕組みを使うべきだ。

 サービスやソフトウエア開発の場合はRFIやRFPを先行させるプロセスが重要だ。RFPで候補を絞り、さらに個別交渉をすることによって需給バランスの取れた適正価格での購買が可能になる。ある大きな情報サービスを調達するに当たって、要求仕様を確定したうえ9社にRFPを行ったことがある。要求仕様を確認して辞退する会社もあり、JV(共同企業体)での対応を望む企業もあって6社(グループ)が概算価格も含めた提案書を提出してくれた。

 既存にはない情報サービスを要求したこともあるが、概算価格の差は2倍あった。ここから2社に絞り個別に詳細な条件などを詰める交渉をおこなって最も要求に近い1社の提案を採用した。

 しかし、これで即契約というわけではない。内定をしただけだ。この後、情報サービスにかかわる契約に相応の時間を使った。内容の齟齬(そご)と契約片務性の排除のためだ。既存にはない新しい情報サービスを要求することから条件変更や不確定要素をリスクとして織り込んである。これらを明確にしながら対等で適正価格での調達ができるようになる。