スマートメーターが、米国の電力網強化に重要な役目を果たすのは間違いない。

 米国の送電網は複雑で、停電が起きた場合にその影響範囲を把握することさえ難しい。しかしスマートメーターによって、住宅と電力会社が直接つながるようになれば、少なくともどの顧客が停電に見舞われているかはわかる。顧客に消費電力を明示することは、電気利用抑制につながるだろう。

解決すべき課題は山積

 ただメーターだけでは、停電の解消や送電量増加への対応は難しい。問題が山積していることには変わりないのである。少なくとも、次の四つの課題を解消する必要がある。

(1)コスト負担の明確化
 膨大な規模のインフラの改善や新設には、巨額のコストが必要になる。シスコの試算が正しいとすると、発電所や送電網をつなぐ通信ネットワーク部分だけでも、10兆円規模の投資が必要になる。再生可能エネルギーを利用した発電所を建設すること自体は良いが、発電所建設費用以外にも、既存の送電線の増強にも大きな費用がかかる。現在政府が割り当てた4500億円だけでは十分ではない。

 このコストを誰が補うのかが議論を呼ぶところだ。電気・ガス料金の値上げによって消費者に負担させるのか、それとも政府が追加予算をつけるのか。スマートグリッド構築に米国内の関係団体が本格的に動き出した場合のビジネスモデルを検討しておく必要がある。

(2)関連技術の標準化
 前述したように米国の電力システムは、かかわるプレーヤーが多い。電力会社、送電会社、変電所、さらに太陽光発電システムを運営する企業などだ。スマートグリッドではこれらの設備が電力網だけでなく通信網まで、一つひとつつながることになる。インターネットのように、技術やデータ形式を標準化しなければ、相互連携は不可能だ。現在、米国標準技術研究所(NIST)が機器や装置の標準策定を進めている段階だ。

(3)再生可能エネルギー技術開発
 太陽光や風力などの再生可能エネルギーを使う発電システムを導入するために、現在最も求められているのは、電気の貯蓄技術である。技術革新が早い分野ではあるが、一層の改善が必要である。

写真2●米国の送電塔は無防備だ
写真2●米国の送電塔は無防備だ

 太陽光や風力による発電システムは都市部から離れた場所にあることが多い。大容量の送電が不可能な場合や、都市部で必要としない時間帯に発電した場合は、蓄電技術が必要になる。発電した電力を効率よく使うためだ。

(4)セキュリティ対策
 米国の電力システムは物理的なセキュリティが対策が講じられていないケースが多い。市街の送電線はむき出しになっていて、運転ミスで自動車が衝突したら、たちまち停電が起きる(写真2)。日本のように鉄条網で囲われることはまれだ。スマートグリッドのように通信ネットワークと一体となった電力インフラにとっても致命的だ。サイバー攻撃のような高度な手法でなくても、住宅の電力・ガス使用情報を改ざんすることも容易だ。

希望は失望に変わりかねない

 これらの問題を抱えているにもかかわらず、産業界やエネルギー業界、はてはマスコミまでスマートグリッドを大きく取り上げ、期待を寄せる。あたかも、1年後、2年後にはすばらしい電力インフラが完成するかのような風潮さえある。

 しかしスマートグリッドのような社会基盤は、20年、いや30年かけて完成させていくものであるはずだ。過剰な期待はすぐに失望に変わる。冷静さを取り戻すべき時期に来ている。

岸本 善一(きしもと ぜんいち)
米アイピー・デバイセズ代表
京都大学電気工学科を卒業後、米国でコンピュータ・サイエンスの博士号を取得。GTE研究所、米ヒューレット・パッカード、米NECを経て1998年にアイピー・デバイセズを設立。先端技術をビジネス展開に結びつけるコンサルティング業務を提供する一方で、ベンチャー企業での技術とビジネスの融合にも力を注いでいる。