2008年半ばころからネット業界を席巻し始めた「クラウド・コンピューティング」──。NTTグループもその技術を上位レイヤー・サービスへ応用する取り組みを積極的に進めている。

 NTT(持ち株会社)の三浦惺社長は,2009年8月5日の第1四半期決算の発表で「今年は,SaaS(software as a service)とクラウド・コンピューティングに取り組み,収益機会を伸ばしていきたい」との方針を打ち出した。持ち株会社傘下の研究開発部門は,今後3年間で450億円の予算を投じてクラウド・コンピューティングの技術開発や運用ノウハウの蓄積を進める計画だ。

 持ち株会社の音頭に合わせるように,グループの事業会社も動き始めた。NTTコミュニケーションズ(NTTコム)とNTTデータは7月29日,SaaS向けプラットフォームの基本機能を共通化すると公表。認証や決済などWeb上のアプリケーション・サービスに必須となる基本機能を共通仕様としてそろえる。将来,両社の基盤間では共通のIDを利用できるようになる見通しだ。利便性を高め,プラットフォーム上に多くのSaaS事業者を呼び込む。

ICT業界はクラウドの参入ラッシュ

 クラウド・コンピューティングとは,ネットワーク(雲)上にある,アプリケーションやサーバーなどのリソースをサービスとして提供・利用するものである。

 クラウド事業者は,多数のサーバーなどコンピュータ資源を「リソース・プール」として構成。そこから各ユーザーにアプリケーションの利用環境やサーバーの処理能力を割り当てる。ネットワークの高速化と低廉化,サーバーの仮想化技術の向上によって,こうしたサービスを実現できるようになった。

 いまやクラウド・コンピューティングは,世界中のICT企業がこぞって取り組むテーマになっている。クラウドが普及した後の究極の姿は,ユーザーがアプリケーションやサーバーを自ら所有しない状態だ。従来のモデルでサーバーやアプリケーションを販売してきたIT企業はビジネスモデルを変えざるを得なくなる。

 クラウド・サービスで先行する米アマゾン・ドットコムや米グーグル,米セールスフォース・ドットコムを追撃するように,2008年後半から米マイクロソフトや米IBMなどのIT企業もクラウドへ傾倒し始めた。通信事業者でも,米ベライゾンビジネスや英BTグローバルサービスなどがクラウド参入に名乗りを挙げている。

 クラウド・サービスを分類すると,レイヤー別に三つの領域に分けられる(図1)。(1)アプリケーションそのものをサービスとして提供するSaaS,(2)ユーザーが開発したアプリケーションの稼働環境やシステム開発ツールを提供するPaaS(Pはplatform),(3)論理的に構成した仮想サーバーやストレージなどリソースを提供するHaaS/IaaS(H/Iはhardware/infrastructure)──である。これらのサービスは,必要に応じて利用するリソース量をユーザーが増減できる。短時間でシステムの性能を増強したり,好きな時に利用をやめることも可能になる。

図1●ネットワークの高速化,低廉化がNTTにクラウドへの取り組みを迫る<br>NTTグループとクラウド・サービスで先行する米国の事業者とでは目的が異なる。NTTはあくまでNGNをはじめとするネットワークの利用拡大を前提に,上位レイヤー・サービスの拡充を進めている。
図1●ネットワークの高速化,低廉化がNTTにクラウドへの取り組みを迫る
NTTグループとクラウド・サービスで先行する米国の事業者とでは目的が異なる。NTTはあくまでNGNをはじめとするネットワークの利用拡大を前提に,上位レイヤー・サービスの拡充を進めている。
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 こうした利点は,特に初期投資のリスクを取りにくいベンチャー企業などを中心に受け入れられ,瞬く間に人気を集めた。また大規模なシステムが必要だが,短期間で終了することが決まっているプロジェクトといった分野でも適用例が広がっている。