エノテック・コンサルティングCEO 海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
海部 美知

 2009年7月末シリコン・バレーの大物Web企業で二つの「事件」があった。一つは米ヤフーと米マイクロソフトの検索エンジンと検索広告での提携だが,もう一つが米アップルと米グーグルの「Google Voice」をめぐる確執である。

 シリコン・バレーの「2強」として地位が定着したアップルとグーグル。これまでは「一方は検索,もう一方はハードウエア」と,それぞれ異なる分野で棲み分け,友好関係にあった。しかし,両社が業容を拡大してきた結果,スマートフォンの分野で競合するようになってきたのだ。

グーグル製iPhoneアプリが却下

 Google Voiceは,いわゆる「ワンナンバー・サービス」である。ユーザーに電話番号を一つ割り当て,その番号にかかってくる電話はユーザーが指定する複数の固定・携帯電話に転送される。ユーザーが電話に出ない場合,かけてきた相手の声がGoogle Voiceのボイス・メールに残される。その内容は画面上でも再生でき,また自動的に文字化されて電子メールやSMS(short message service)にも転送される。主に受信とボイス・メールをクラウド側で一元管理することを目的にして作られたサービスである。

 グーグルはGoogle VoiceをiPhoneでも利用できるよう,iPhoneアプリを開発した。ところが,アップルが審査で承認しなかったことが問題となった。利ざやの大きいSMSを無料で送れることから,iPhoneを米国内で独占提供する米AT&TのSMSサービスと競合する。このため,AT&Tの意向が働いたのではとの観測もあり,米FCC(連邦通信委員会)がAT&T,アップル,グーグルの3社に事情説明を要求するという事態に発展した。その後グーグルのエリック・シュミットCEOはアップルの社外取締役を辞任。その理由も利害の衝突と発表されている。

熟成期に入った「勝ち組」

 Google Voice自体は一般消費者向けではなく,個人事業者などニッチ向けと見られ,それほどのインパクトは無いだろう。しかし新しいフレーバーの通信サービスが,通信事業者でなく新興ネット企業から出現した点が重要だ。このようにネットで付加価値を付ける通信形態を筆者は「クラウド通信」と呼んでいる。今回のアップルとグーグルの利害衝突は,両者のような「勝ち組」がクラウド通信へ向かう途上での必然とも言えるかもしれない。

 通信業界の勝ち組にとって,景気が悪い今が「熟成期間」である。新規ベンチャーにとっては資金調達が難しく苦しい時期だが,勝ち組には過当競争の心配なく,技術や販売網などにじっくり投資できる。

 今の熟成期間の間に,どうやらアップルとグーグルの2社は通信分野にじっくりと投資するつもりのようだ。ただし,同時にこうした熟成期には水面下でまだ見ぬ「次」の新技術が生まれるというのも,シリコン・バレーではよくある現象であるのだが。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO
 NTTと米国の携帯電話ベンチャNextWaveを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングを行っている。シリコン・バレー在住。
 シリコン・バレーの種々の団体が共催する「Wireless Economic Development Summit」に参加した。不況で元気のない無線技術コミュニティを地元みんなで盛り上げようという趣旨だ。こうした試みに貢献する日本企業がいないのは少々寂しかった。