米Microsoftは米国時間2009年9月17日,リリースが延び延びになっていたWeb版オフィス・アプリケーション「Office Web Apps」のテクニカル・プレビュー版を少数の外部テスター向けについに公開した(関連記事:Microsoft,Web版Officeの一般向け技術プレビュー開始Web版の“無料Office”,MSが詳細を明らかに)。だが,今回のリリースには,これ以上ないほど失望した。

 失望の理由はいくつかある。1つめは,公開が当初の予定より数カ月も遅れたことだ。同社はもともと,2008年12月にはプレビュー版を公開すると発表していた(関連記事:[PDC 2008]Microsoft,次期「Office」はWebアプリ版「Word/Excel/PowerPoint/OneNote」も提供)。2つめは,今回のプレビュー版を万人が広く試用することはできず,同社がどんな人をテスターとして選んだのかもはっきりしないことだ。3つめは,一般ユーザー向けのバージョンだけがテストの対象で,同社のオンライン・サービス「Windows Live」のみでの公開となったことだ。

クラウド型のサービスに腰が引けた状態で公開を開始

 そして致命的なのは,ここまでリリースを遅らせて,たっぷり時間をかけたにもかかわらず,今回のテクニカル・プレビュー版が機能的に完全ではないことだ。ごく基本的な機能ですら欠けているものがある。

 これは同社にとって危険事態だ。Office Web Appsは,クラウド・コンピューティングの未来をかけた同社の今後の戦いの糸口となるものだからだ。米Googleのほか,ほとんど聞いたこともないような中小企業も,Webベースのプロダクティビティ・アプリケーションの開発に力を入れている。こうした企業のアプリは,従来のOfficeよりも力不足に思えるかもしれない。だが,Office Web Appsと比べると,クラウド・コンピューティング・モデルのニーズに的確に応えた面があるのも確かだ。例えばGoogleの場合,記憶容量を追加購入したり,Gmail,Google Calendar,Google DocsなどのWebアプリをオフラインで利用したりといったことが可能である。

 Microsoftがとる路線には,同社のコア・コンピタンスがよく表れている。つまり,従来型のデスクトップ・ソフトウエアやサーバー・ソフトウエアを得意とするということだ。だが,それ以上によく表れているのは,主力製品のWindowsとOfficeに対する同社の現在のスタンスだ。そしてそのスタンスは,完全に保護主義的である。

 つまり同社としては,一般ユーザーや企業ユーザーに従来のOffice製品からOffice Web Appsに乗り換えてほしいという意向はまったくない。Office Web Appsは従来型のOfficeの付加機能だという位置付けだ。そして,その狙いを確実に果たすために,Office Web Appsの機能を意図的に制限しているのだ。

オンラインOfficeでの圧倒的勝利を逃したMicrosoft

 これは誤りだ。Googleをはじめとする世界中のネット企業との次の大勝負に向けて,同社の戦略がはらむ大きな弱点の1つがあらわになっている。

 何より問題なのは,実は同社は,その戦いで勝利を収めるために必要な駒を持っているということだ。もし従来のOfficeの利用法に沿うようにOffice Web Appsを開発しておけば,他社のWebアプリが足元にも及ばない圧倒的な製品となっていたはずなのだ。ネット上でどれだけ支配的な力を持ったかは想像に難くない。

 ところが現実には,今回のOffice Web Appsは,Officeの機能の一部のみを備えた,さえないサブセット版だった。Office Web Appsでドキュメントに編集を加えても,元の書式設定は維持される。これは,もちろんそれは重要なことである。だが,Office 2010の新機能など,Officeの目玉機能の多くは,デスクトップ版にしか搭載されていない。

 Microsoftは長年にわたり,Officeに次々と先進機能を取り入れてきた。次の刷新では,“どこでもOffice”というお題目を本当の意味で実現することが必要なはずだ。Windowsパソコンだけでなく,Webブラウザや,Windows Mobile以外のモバイル機器でも,妥当な範囲でOfficeを使えるようにしてほしい。

 面白いことにこの発想は,以前の記事で取り上げた相互運用性に関する同社の戦略とも完全に合致する。同社は,Windows Mobileの競合製品の開発元に対しても,データ同期技術「Exchange ActiveSync」を公然とライセンスしている(関連記事:Microsoft,Exchange ActiveSyncのライセンス・プログラムを拡大)。Officeも,これと同じ路線にしてはどうだろう。Webでも,携帯でも,パソコンでも,Officeを動かすのだ。

 とはいえ,Office Web Appsはまったく無意味というわけではない。同製品の成否の評価については,筆者のサイト「SuperSite for Windows」に掲載したレビュー記事(英語)を参照してほしい。